社会福祉法人山形県手をつなぐ育成会(山形県新庄市)

新庄方式の食品トレーリサイクルが全国からの注目を浴びる「友愛園」

山形県手をつなぐ育成会の概要

山形県手をつなぐ育成会は、多機能型障害福祉サービス事業所「友愛園」(生活介護・就労移行支援・就労継続B型)、入所授産施設「栄光園」、入所更生施設「松風園」、特別養護老人ホーム「万世園」、就労継続B型事業所「すてっぷ」、通所授産施設「天童ひまわり園」等の施設を運営する社会福祉法人である。この他、米沢診療所、グループホーム(11ヶ所)、売店シクラメン等を運営する。2010年3月より育成会活動は一般社団法人として独立し、社会福祉法人は施設運営活動に特化することになった。

複数の施設を運営する同法人の中でも、時代の要請に応じた先駆的な事業活動をおこなってきたのが「友愛園」である。新庄方式として全国から注目を浴びる食品トレーリサイクル事業を中心にして、木工、縫製、組立加工、印刷、園芸と幅広い作業をおこなっている。

山形新幹線の終着駅であり、NHKドラマ「おしん」の舞台にもなった豪雪地帯としても有名な新庄地方に位置するというハンデをもろともせず、設立当初から企業との連携によるダイナミックな事業を展開してきた。また、木工や縫製技術を活かした製品の受託作業も活発であり、県内の陶芸家や温泉街と密着した伝統工芸品の製造にも力を入れている。

全国から注目される食品トレーリサイクル事業

事業の中心は、食品トレーのリサイクル(ペレット製造)だ。多くの自治体ではせっかく分別回収した食品トレーも焼却処分してしまっているのが実態なのだが、新庄市においては2004年より「資源の地球循環」「焼却ゴミの減量化」「社会福祉施設の社会参加」という画期的なシステムが開発された。アイデアの提供者は、地元の食品トレー製造企業「株式会社ヨコタ東北」の代表取締役社長・横田健二氏である。

横田氏は食品容器メーカーとしてゴミ減量化対策を考えるのも社会的義務であるとして、フィルムがはがせるトレー「リ・リパック」の開発を進めるだけでなく、福祉施設と連携した地域内リサイクルシステムを行政に提案する。新庄市はこの提案を全面的に受け入れて、「たんぽぽ作業所」「友愛園」という二つの地域内施設にそれぞれトレーの回収・選別・洗浄、トレーからのペレット製造を委託することになった。本格稼働したのは、2004年11月のことだ。

食品トレーを収集するスーパーは、現在全部で35ヶ所。2つの作業所(鶴岡地区のトレー回収は「工房せい」がおこなっている)が分担して回収してきたトレーをペレットに製造加工するのが友愛園の役割である。その量は、月に約7.8 〜8トン。回収トレー以外にも、ヨコタ東北から送られてくる型抜き端材(容器製造過程で発生するゴミ)のペレット化製造も請け負っており、こちらは月産約67.8トンになる。製造したペレットはヨコタ東北が全量買い取り、再度食品トレー「リ・リパック」として再生するという仕組みである。

完成したペレットは、大型トラックで月6回、近くにあるヨコタ東北へ納品する。車で5分程度の距離とはいえ、冬期は30センチ以上の積雪が当たり前の地域である。職員が出勤するとまずはフォークリフトで工場の前を除雪することが、毎朝の日課になっているという。除雪しないと雪で建物が完全に埋もれてしまい、トラックが出入りすることもできないからだ。「今年は例年より少なめですが、それでも月曜日の朝などは大変ですね。除雪作業だけで体力の大半を使い果たしてしまう感じですよ(笑)」と、食品トレーリサイクル課担当の鈴木孝彦氏(49歳)は雪国ならではの苦労を語っている。

民間企業と行政と福祉施設が三位一体となって地域リサイクル事業を推進している事例というのは、全国でも初めての取り組みである。新庄市が確立したシステムは、「食品トレーリサイクルシステム新庄方式」として関係者の間で非常に注目されている。国からも、平成18年度容器包装3R推進環境大臣賞(2007年)や、循環型社会形成推進功労者等環境大臣賞(2008年)等の表彰を受けた。その結果、友愛園にも全国の行政担当者による視察が絶えず、昨年度だけでも44団体468名の各自治体の視察団が訪れているらしい。

木工作業と縫製事業で、地元との密着を模索する

友愛園のもう一つの事業の看板が、木工作業である。現在でこそ売上の大半(55%以上)を食品トレーリサイクル事業が占めているが、十年ほど前までは東京の葬儀メーカーとのタイアップによる桐の骨箱製造が中心事業であった。人件費が安価な中国に仕事が流れてしまった後は、木工科では「箱づくり」のノウハウを活かした製作活動が続けられている。たとえば、山形を代表する銘酒の桐箱、山形県内の陶芸家たちの一点もの陶器のオリジナルサイズの桐箱、高級化粧品の桐箱、将棋駒の名産地・天童市で販売する将棋の桐箱、葬儀で使う灯籠や香炉、などである。

かつて骨箱だけで月産約3,000個を誇っていただけに、「箱づくり」に関する技術や生産力には、絶対の自信がある。工場にも安全装置が完備された各種の機械が配置され、多数の利用者たちが息つく暇もなく木材加工に励んでいる。

「見学に来た方がみな一同に驚くのですが、当施設では機械の操作も含めて基本的に利用者が主体的におこなえるようにしています。万が一のことを想定した安全装置が完備されているので、開設以来大きな事故は一度も起こっていません」と胸を張るのは、木工科担当の渡部和徳氏(47歳)だ。

この他、木工に関する技術力をPRするためにオリジナル自主製品「ミニ桐箪笥」も限定生産している。あくまで受託作業の合間に作るため数はこなせないのが難点だが、「真心絶品」でも全国販売されており、リーズナブルな価格で小物を収納できる本格的な桐箪笥として、年配の方からの評価が高い。

縫製事業も、山形県内にある温泉旅館とのコラボレーションが進んでいる。過去に布団を月産1,000組製造していたというミシン技術を活用して、かみのやま温泉「古窯」の紅花膳で出される懐石料理の縮緬生地カバー製作や、天童温泉の老舗旅館「桜桃の花 湯坊いちらく」の仲居が着るユニフォーム製作等を請け負っている。どちらもオリジナル製品として販売している作務衣の縫製レベルが評価されて発注が決まった仕事である。また天童温泉の冬の名物イベント「赤頭巾ちゃんフォトコンテスト」(宿泊客に無料で赤マントを貸し出し、携帯やデジカメで撮影した写真をメールで送信するユニークな企画。女将さん組合が発案したものらしい)で宿泊客が着る赤マントも、友愛園ですべて製作されたものだ。

この他、自主製品として縮緬生地でつくった各種の和風小物等もあり、温泉旅館の売店等で販売されている。メイン商品は、なんといっても桐箱に入った豪華なウサギ雛セットである。2月中旬から旧暦の雛祭り(4月3日)まで幅広い層の女性たちが可愛らしいこのウサギ雛のセットを購入していくのだという。

新庄まつりの山車の飾り花の組立も、一年かけて製作

地元との密着型作業はこれだけではない。毎年8月に開催される夏の一大イベント、新庄まつりという豪華絢爛な日本一の山車(やたい)パレードで使われる飾り花の製作を請け負っているのだ。祭りには全部で21台の山車が出走する中、友愛園ではその半数以上の11台の山車の飾り花を担当する。

新庄まつりの歴史は古く、江戸時代中期、宝暦6年に遡る。当時発生した未曾有の冷害による大凶作から領民の士気を高め、五穀豊穣を祈願するために時の藩主・戸沢正諶が城内天満宮の「新祭」をおこなうよう命じたのが始まりである。あでやかな彩りが暗く落ち込んでいた人々の心を元気づけてくれたこの祭りは好評であり、その後も継続的に開催されることになる。たとえ新庄地区が戊辰戦争後に焼け野原に転じた後も、太平洋戦争後でさえも、即座にこの祭りだけは復活し、市民の心に明かりを灯してきた。現在では37万人の人出で賑わう東北有数の祭りとして成長し、全国的にも認知され始めている。

その新庄まつりの花形が、歌舞伎や歴史物語などの名場面をあしらった等身大の人形で飾られた豪華絢爛な山車である。専門家が製作する青森のねぶたとは違い、すべて地域の人たちによる手作り品で、一年がかりの構想の上で製作されているのだという。友愛園が請け負っているのは、そんな山車に添えられる飾り花の数々だ。桜、松、牡丹、笹の葉などさまざまな種類があり、各種類につき桜は30,000個〜40,000個を組み立てることになる。

一つの花を作り上げるためには、紙の色染めからカッティング、針金を使った組立に至るまでさまざまな工程が必要だ。全部の花を完成させるために、8月の祭りに向けて一年間みっちりスケジュールが組まれている。丁寧な仕事が評価されて、新庄まつりだけでなく近隣県の祭りに使われる飾り花の発注も請け負っているというのだから、友愛園の組立科の現場はほとんど一年中綺麗な飾り花で埋まっているわけである。

つねに新しい事業を模索し続ける友愛園

「『友愛園さんは、いつの時代でもいい仕事に恵まれていますね』とよく、近隣の施設の方から言われるのですよ」と語るのは、施設長の高橋聖一氏(58歳)だ。たしかにこれまでメインとなる事業の変遷を伺ってみると、創業当初の「電卓キーボタン組立」から始まって、「桐骨箱製作」→「布団縫製」→「食品トレーリサイクル」という流れをたどってきた。一つの事業が下火になってくると、次にまったく新しい事業に転換させてきた経過がある。どれも大手企業とのコラボによるものであり、とても山形県の奥地にある施設の動きとは思えない。仕事の確保が課題である多くの地方施設にとっては、うらやましい限りだろう。

ポイントは「ここだと思ったときに、事業転換を見極める決断力につきます」と高橋施設長は言う。「せっかくいい話が来ても、即断即決できなければ相手が逃げてしまいます。そのために大切なことは、事業投資に必要なある程度の自己資金を蓄えておくことですね。実行が決定するのが半年先の公的資金をアテにした事業計画など、企業相手の商売では通用しないと思いますよ」

取材中にも先進的な他施設の事例を盛んに私から聞き出し、参考になると思った施設にはすぐでも視察に訪れる意欲を見せる高橋施設長。こうしたどん欲な知識欲こそが、つねに新しい魅力的な施設事業を取り込むエネルギー源になっているのだろう。地元の人々の生活と密着するために、伝統工芸品の製作は大切にしていきたいと語りながらも、チャンスがあればさらに思いきった事業の切り替えや設備の導入も実施するつもりだという。豪雪地帯というハンデをもろともせずにダイナミックな事業を展開し続ける友愛園のパワーの秘密は、どうやらこのあたりに潜んでいるようだ。

(写真・文/戸原一男)

*この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時()のものです。予めご了承ください。