社会福祉法人臥牛三敬会(宮城県角田市)

移動販売「まごころ宅急便」で、地域生活支援に取り組む「虹の園」

臥牛三敬会の概要

臥牛三敬会(がぎゅうさんけいかい)は、「虹の園」(就労移行支援事業・就労継続支援B型事業)、「第二虹の園」(就労移行支援事業・就労継続支援B型事業)、「第三虹の園」(就労移行支援事業・就労継続支援B型事業)、「レインボー多賀城」(就労移行支援事業・就労継続支援B型事業)、「レインボー川崎」(就労移行支援事業・就労継続支援B型事業)、柴田町指定管理者として「しらさぎ」(柴田町地域活動支援センター)、「もみのき」(柴田町地域活動支援センター)等の福祉施設を運営する社会福祉法人である。その他にも「サポートセンター虹」として、利用者の就労支援や利用者が地域の中で生活できる居宅支援活動にも積極的に取り組み、現在3ヶ所のグループホーム・ケアホームを運営している。

法人の特色は、ズバリ「利用者が住んでいる地域の中に、多くの拠点を設ける」という考え方だ。建物等のハード設備にはできるだけお金をかけず、空き店舗等の地域資源を最大限に活用して、本部の他に11カ所の就労場所(店舗)を作りだしてきた(東日本大震災により三店舗が被災したため、現在は8店舗)。これらの場所で、石窯ピザ・手打ちパスタ・お弁当(ぱぴハウス)、パン(がぎゅうベーカリー)、餃子(バカ美味ぎょうざ)、団子(つつみ屋塩釜店・お団子処しらさぎ)、ジェラート・シフォンケーキ(にじいろカフェ)、季節のジャム(工房 美山の里)等々の食品製造販売事業をおこなっている。

また、食品以外にも紙漉・カレンダー制作・陶芸・ガラス工房・機織・革細工・手工芸・企業出向等、実にさまざまな作業に取り組んでおり、法人全体の23年度の売上は約11,100万円にものぼっている。現在、約200名の利用者に対して福祉サービスを提供する、宮城県を代表する社会福祉法人である。

「ぱぴハウス」の成功が、地域との接点を持つきっかけに

現在でこそ多くの店舗を運営して地域住民との深いつながりを持つ臥牛三敬会だが、十数年前までは企業の下請け作業が中心の「閉ざされた福祉施設」に過ぎなかった。一挙に雰囲気が変わったのは、2000年の「ぱぴハウス」開店からだと、湯村利憲理事長(65歳)は言う。

「地域の人たちに施設内に気軽に遊びに来てもらえる仕組みとして、美味しい石窯ピザを提供する飲食店をオープンしたのです。近隣に美味しい石窯ピザが食べられる店がなかったという地域性も幸いし、大きな反響を呼びました。障がい者施設が運営する本格的なピザ屋ということで、テレビや新聞等のマスメディアでも何度も取りあげていただきましたから。それまでは利用者の親や行政の担当者などの関係者しか施設を訪れることはありませんでしたが、併設した『ぱぴハウス』には多い時で月に2,500人ものお客さまが訪れてくださるようになったのです」

この成功を受けて、大好評のピザ屋は「ぱぴハウス二号店」「ぱぴハウス三号店」へと出展数を増やし、パン・お団子・ギョウザ・ジェラート・ジャム...といった専門ショップの出店展開につながっていく。どれも職人から手ほどきを受けた本格的な味わいの商品が自慢であり、リピート率も高く、地域との接点を生み出しやすいお店である。

「『ぱぴハウス』が出来たことにより、地域の方々と自然体でのお付き合いが出来るようになりました。これは社会福祉施設にとって、とても大切なことだと思うのです。お客様としてはもちろん、食材提供者としても農家や地元商店の方々とつながっていきます。パンの小麦は国産のブランドゆきちからを使用していますし、ジャムの材料は地元住民の方々と利用者が一緒になって育てた果実です。『ぱぴハウス』の活動を通じて、さまざまな地域の人たちが私たちの施設とつながりを持つようになってくれたのです」

買い物難民支援として、「まごころ宅急便」事業をスタート

そんな臥牛三敬会が2011年度より手掛けた新事業が、「虹の懸け橋 まごころ宅急便」という移動販売だ。経済産業省の平成22年地域商業活性化事業(買物弱者支援事業)に公募し、宮城県内で唯一採択されたのである(全国からの応募数170件。うち採択件数が48件)。採択された大きな要因は、「障がい者施設による買い物難民支援」という企画趣旨にあったという。これまで障がい者施設というのは地域に支えられる存在であったが、買い物難民という新たな生活弱者に対して施設が逆に手を差し伸べるべきではないか。それが「まごころ宅急便」を企画した湯村理事長の考えだった。

「経済産業省によると、全国の買い物難民は約600万人に及ぶと言われています。自宅から最寄りの店までの距離が500メートル以上で、自動車を持たない65歳以上の高齢者は、約350万人という調査報告(農水省)もあります。角田市でも例外ではありません。市街地を少しはずれた郊外になると、車がなければ買い物などまったくできない状況なのです。そんな地域(角田市郊外4地区+山元町仮設住宅)に商品を移動販売する活動を続ければ、さらに地域の人たちと密接につながることができると思いました」

「まごころ宅急便」は、月曜日から金曜日までのルートを決めて、角田市郊外の家々と仮設住宅を特注の移動販売車で回っていく。「人生楽ありゃ、苦もあるさ〜♪」というお馴染み・水戸黄門の主題歌が、車から流れるテーマソングである。1日に回るのは、約40軒程度。販売する商品は、生肉・豆腐・野菜・魚(冷凍)・牛乳・納豆といった生鮮食品から、コロッケ・唐揚げ・煮物・魚の塩焼き・はらこ飯・弁当・パン...等々の加工食品やお総菜類に至るまで、バラエティ溢れるラインアップだ。トラックに可能な限りの商品を載せて、昔のよろず屋の雰囲気で、郊外の家々まで運んでいくのである。

販売する商品は、法人内で製造される商品だけではない。地域の商店街から毎日生鮮食品やお総菜を仕入れ、販売しているのだ。取り扱う商品の約75%が、こうした仕入れ商品だという。

「移動販売の業者は私たちだけではありません。ライバル業者も数多い中、独自の品揃えを考えた上で、このような商品構成になりました。地元商店の協力でさまざまな品物を仕入れることができるので、とても助かっています。虹の園さんはお総菜類が揃っているので嬉しいと、お客様からよく感謝されますね」(大野武支援員)

「町の御用聞きというのが、私たちの移動販売の基本的な考え方。希望があればどんな商品でもお届けしますし、買い物以外の要望にもお応えするようにしています。仮設住宅に住むおばあちゃんから、ハガキをポストに出してほしいと頼まれたこともありました。それまではわざわざタクシーに乗って郵便局まで行っていたらしいのです。こんな依頼が来るようになったのも、お客さんと信頼関係を築けた証だと思います」(湯村敦子支援員)

このように「まごころ宅急便」は、福祉施設がおこなう地域支援事業として着実に角田市内の人々に広まりつつあるようだ。

看板娘が大活躍。障がい者と地域の人たちが、買い物を通じて一体化。

「まごころ宅急便」の最大の特色は、何といっても利用者の大越尚美さんの存在だろう。満面の笑顔と愛くるしいぽっちゃりした体型が、お年寄りのお客さんの心を完全に掴んでいる。販売車がお客さんの家の庭に到着すると、大越さんは真っ先にお客さんを迎えるために玄関まで駆けていく。足の悪いおばあちゃんの手を取って、車までお連れするためである。

「どこのおばあちゃんは足が不自由だとか、彼女はすべて覚えているのですね。だからいつも私たちよりも先にお客さんの元に向かってくれます。あの笑顔で迎えられたら、誰だって悪い気はしませんよ(笑)。もうすっかり、移動販売車の看板娘になりました。たまに病気で休んだりすると、お客さんが本当に心配してくれます。商品を販売するだけでなく、地域のお年寄りへの声掛け(見守り)もこの事業の大切な目的ですから、彼女はなくてはならない存在なのです」と、湯村さん。

実際に、移動販売を利用するお客さんの声を聞いてみよう。

  • 「こうして家の前まで来てくれるから助かるわ。他の業者さんは、近くまで歩いて行かないと買えないから」
  • 「虹の園さんの移動販売は、お総菜が充実しているのね。お総菜が気軽に買えるなんて、とっても便利」
  • 「スーパーまで車で行くとなると、ガソリン代がバカにならないでしょ。来てもらったときは、まとめて買わせてもらっています」
  • 「小さい子どもがいると、買い物に出かけるのも不便なんです。お年寄りはもちろん、私たち母親にとっても移動販売が来てくれると助かります」
  • 「尚美ちゃんは、とっても抱き心地がいいの(笑)。会ったら、必ずぎゅっとハグするようにしています」

障がい者と地域住民たちが、このように買い物を通じてコミュニケーションを図り、助け合いながら生活していく。これこそ、湯村理事長が移動販売事業を進めるにあたって描いていた地域貢献なのだろう。もちろんこれは、決して大きな利益が出る事業ではないはずだ。しかし長期的に考えると、法人として欠かせない活動なのだと湯村理事長は語っている。

「多くの店舗ができ、臥牛三敬会・虹の園の名前は角田市内では相当浸透するようになりました。でも私としてはもっと多くの地域で、できるかぎり利用者が暮らす場所の近くに拠点を作っていきたいし、生活の場も増やしていきたいわけです。そのためには、法人自体が積極的に地域貢献活動に取り組んでいかないといけません。『まごころ宅急便』によって、買い物難民と呼ばれる多くの地域住民たちの手助けをこれからも充実させていきたいと考えています」

東日本大震災で被災したことによって得られたもの

臥牛三敬会では、2011年3月11日に発生した東日本大震災による大津波被害を受け、三カ所の店舗を失った。幸いなことに人的被害はなかったものの、年間売上で2,500万円の減収を余儀なくされている。

「工賃アップも順調に進み、平成25年度には平均工賃が35,000円を超える予定でした。障害者年金+工賃で、月に10 万円以上の収入というのが私たちの目標なのです。残念ながら震災の影響で店舗を3店も失ってしまったので、目標達成は先延ばしになってしまいました。でも沿岸部の人たちの被害は、私たちの比ではありません。すべての財産を津波にのまれてしまった人たちばかりですからね。当然、地域全体の消費も相当落ち込んでいます。売上げ目標を元に戻すのは、だいぶ時間はかかると覚悟しています」

津波で壊滅的被害を受けた山元町の小学校。現地ではこのように、いまだに大震災の爪痕が残されたままだ。

しかし、失ったものばかりではないと湯村理事長は言う。震災の後、日本セルプセンターや全国のセルプの仲間たちからの支援物資や義援金が続々届いてきたのである。それらの物資は、施設に泊まり込みになった職員・利用者たちの食事や、地域で被災した人たちへの配給食として有効活用した。水道が停まってしまったため職員たちが西根の知人の水源から水を汲んできてタンクに貯め、施設の庭で地域住民たちに利用してもらう。その時まさに、虹の園の本部は被災地の救援拠点となっていた。湯村理事長が地域貢献の中心を担いたいと願っていた考えが、震災によって期せずして実現してしまったわけである。

「全国の仲間たちからの応援は、本当にうれしかったですね。震災をきっかけにして、いろいろな施設の方々が遊びに来てくれるようにもなりました。最近取り組みを始めたバカ美味ぎょうざは、東大阪市のひびき福祉会の亀井理事長から作り方を全面的に指導してもらった新製品。震災の時、大量に送ってもらったギョウザを配給したらとっても美味しくて大好評だったので、ぜひ自分たちの事業として取り組みたいと考えたのです。震災で失ったものは大きいですが、このように新しい交流が次々に生まれてきたのも事実です。これを財産として、前向きに活動を続けていきたいですね」


  • にじいろカフェ

  • ぱぴハウス

自己完結型の施設から、地域参画型の施設への転換。それが、臥牛三敬会の目指す道である。利用する障がい者たちへ、単に福祉サービスを提供するだけではもの足りない。自分たちが真の社会福祉施設であるためには、これから何をするべきなのか。湯村理事長がおこなう取り組みは、そんな根本的な問いかけに溢れている。ぜひ多くの関係者に注目してほしいと思う。

(写真・文/戸原一男)

*この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時()のものです。予めご了承ください。