財団法人鉄道弘済会(神奈川県秦野市)

「ソーシャルファーム」の概念で、共生社会の実現をめざす弘済学園

財団法人鉄道弘済会の概要

鉄道弘済会は、身体障害者福祉、児童福祉、知的障害児・者福祉、老人福祉、旅行者援護等の公益事業を実施し、その事業運営のための各施設経営を実施する財団法人である。ソーシャルワーカーによる家庭訪問を主体とした援護事業や、学生を対象とした育英事業なども実施し、民間公益事業団として時代の要請に応えた活動を進めてきた。

もともとは国鉄に従事する職員の福祉団体として設立された組織だが、1987年の国鉄民営化に伴う分離別会社化や、2006年度のキオスク事業からの完全撤退などを経て、現在では公益性の高い「福祉の鉄道弘済会」として新たなスタートを切るべく各事業の取り組みを進めている。

もっとも歴史ある活動が、知的障害児・者への支援である。1953年には、精神薄弱者施設(当時)「日向弘済学園」を千葉県に設置し、農畜部・木工部・初等部(年少児)・養育部(重度)にクラス編成することにより、自己実現の理念のもとそれぞれの能力を伸ばし、ライフステージごとの保証を実践していく教育の場として先駆的な役割を果たしてきた。

糸賀一雄氏が設立した「近江学園」の流れを汲むこの施設の特色は、年少児から成人に至るまでの一貫した療育と、就労支援、そして自立生活のサポートである。そのため1972年からは現神奈川県秦野市の地に移転し、運営施設を拡充。現在は、知的障害児施設、第二種自閉症児施設、授産寮、通勤寮、グループホーム、ケアホーム等を有する総合福祉センター「弘済学園」となっている。

療育活動としての彫刻作業

弘済学園の作業品目としてもっとも有名なのが、精密な彫刻を施した木工活動であろう。開設当時から木工・織物・農業などのプログラムを用意する中で、比較的軽度の知的障害者には木工・織物作業がもっとも適していた。弘済学園で製作される木工製品は、「弘済彫」と呼ばれるほどの完成度の高さを持つ。一見すると、「鎌倉彫」のような工芸品である。仕上げ加工こそ、漆塗りではなくてニス塗りではあるが、彫刻の緻密さに関しては決してひけをとっていない。

弘済学園の三島卓穂園長(62歳)によると、この彫刻の素晴らしさは「知的障害者・自閉症者の性格」が大いに役立っていると。彼らは、手抜きしないできっちりとやり遂げる力を持っている。彫刻は「バック彫り」と「主題彫り」とに分けられる。障害レベルによって彫る担当を分けているのも、「弘済彫」の特色だ。

「バック彫り」が全体を覆う単調な柄を繰り返し彫り続けるものに対して、「主題彫り」とは彫刻のメインになる花などの図案をきっちり表現する高度な彫刻だ。「バック彫り」は直線に掘るだけの繰り返し作業だが、「主題彫り」になると曲線を上手く表現しなければならない。

障害の程度によって「バック彫り」だけを担当する人、「バック彫り」と「主題彫り」の二つとも担当する人などが混在して、一緒に製品を作り上げていく。製品にするためにはその後さらにニスを塗る工程があり、これが作業としては一番高度な技術を要する。ニスがたれないように薄く全体に塗り、これを何回も繰り返す必要があるからであるためだ。

これらの彫刻の技能を活用して、文机、三段引き出し、マガジンラックや手鏡、ティッシュボックス、お盆、鉛筆立て、写真立て等の木工製品を製作・販売して好評を博してきた。初めてその製品群を見た人は、まるで職人が彫ったような彫刻の完成度の高さに驚かされるに違いない。

これは、弘済学園が50年の歴史の中で培ってきた療養・支援プログラムの成果である。毎年、東京駅丸の内口北口地下の特設会場で開催される「わたしたちが創る展」において、「弘済彫り」の製品群を見ることができる。ここでは製品の販売もしているが、目的はあくまで学園の生徒たちが培ってきた学習成果の報告である。展覧会に出品する製品を作れるようになることが彼らにとって自信となり、次のステップ(就労や自立生活)に向かっていくのだという。

「古本事業」を、新たな就労事業の取り組みに育てたい

これまで弘済学園では、早期療育、障害児教育、授産活動、就労支援、自立生活支援という形で知的障害者に対する総合支援を実施してきたのだが、今後は成人の重度障害者への取り組みが新たな課題とされている。これまでの作業種は「教育」プログラムとしては有効でも、施設における工賃確保のための「授産製品」としてはなかなか成り立たち難いのだ。

そこで最近新たに考えられたアイデアが、「古本販売事業」である。これは広く一般の人たちから古本を寄付の形(=無料)で集め、アマゾンドットコムやスーパー源氏等のネット上の古書店で販売するという事業である。事業のアイデアを提供したのは、弘済学園父母の会・会長であった。弘済学園の特徴は、父母の会が非常に強力なことである。父母の会独自に「こうさい」というカラー印刷の立派な会報を定期的に発行していることからも、その活動意欲の旺盛さは想像できる。

弘済学園のネットワークをフルに活用して書籍を回収し、事業の基本となる売上管理や支払いなどの経理事務は、「いちょう企画(父母の会長の組織)」のシステムで対応する。書籍データの入力作業をするのは、ACC(アフターケアセンター)の利用者だ。いわば、弘済学園・ACC・いちょう企画が三位一体となって取り組む活動であり、今後の弘済学園の授産活動の柱として育てていきたいと考えている。

授産課長の八田重則氏(59歳)は、「実験的に事業を開始してから一年足らずの間に、すでに一万冊以上の本が集めています。集まってくるほとんどの本は綺麗なものですし、中には高値が付く貴重な本もあります。業界的にはブックオフがナンバーワンとして君臨している事業ですが、福祉施設では無償で本を集められるというメリットがあります。民間企業と対抗できないわけがないし、事業としては十分成立すると考えています」と語っている。

これまでにもバザー用に古本を集めて販売することはあった。しかし、あくまで1日限りのイベントである。ネットで販売する場合には、365日営業できるし、貴重な本はマニアが自分で検索してたどり着いてくる。事実弘済学園でも、1万円の高値を付けた書籍が売れたことがあった。本の値付けは難しいところだが、同業社がネット上でどんな価格をつけているかを参考にできるので、素人でもそれほど難しいことはないらしい。これまでの一年間で「事業の実証実験段階は終了」、今後はネットワークを駆使してさらに書籍を集めるルートをつくりだし、本格的な古本販売事業へと育てていきたいという構想らしい。

「今後は全国のさまざまな施設ともネットワークを組み、一大事業に育てていきたいですね。すでに八王子の施設ともタイアップしてこの事業を進めています。福祉施設・作業所などで共有できる新しいオリジナルブランド名やロゴマークも検討中です。興味がある施設は、ぜひ声をかけてください。一緒に古本事業をできるといいですね」

「ソーシャルファーム」の街づくりが、弘済学園の究極の構想

弘済学園授産課では古本事業の他にも、「ススキが原の農園」で新たな活動が始まっている。園内の約一反歩の土地「ススキが原」の開墾活動である。この畑で障害者たちと一緒に作物をつくるスタッフを外部から募集する。対象としているのは、これまで農業をやってきたお年寄りや、定年退職後の生き甲斐を求めている人、精神障害者、引きこもりや不登校に悩んでいる人たちである。さまざまな人たちが農園に集まることにより、「収穫の喜びを共に分かち合う畑」を作り出そうという試みだ。

障害者のライフステージに応じた教育・支援活動を実践してきた弘済学園がめざしているものは、究極的には街づくりに行き着くのだという。園内にはすでに教育の場としての学校があり、就労支援のための施設があり、自立生活をおこなうための住居(グループホームやケアホーム)があり、専門の診療所まで完備している。しかし現状に満足することなく、一般の人たちがもっと気軽にこの地を訪れてくれるような仕掛けが必要であると考えている。

その一部が製品作りのための工房であり、農園という位置づけになる。まだラフな構想ではあるのだが、めざす方向性は決まっている。古本事業もいずれは店舗を持ち、日本中の本好きたちが集う古本店として有名になってくれればいい。具体的なモデルは、ウェールズ(イギリスを構成する連合王国の一つ)に実在するという。「ヘイ・オン・ワイ」という、山の中の村にある小さな古本屋街だ。牛や羊が放牧されるのどかな丘陸地帯の中に、なぜか約40軒ものアンティークな石造りの古本屋が軒を連ねている。「自然と本との調和」が実に見事に実現されている街として、世界中から百万人を超える人たちが訪れる「本の聖地」である。

欧米では、労働市場で不利な立場にある人たち(高齢者やニートたち)が、ありのままの姿で、健常者と共に働ける社会をつくるための企業のあり方として「ソーシャルファーム」が注目されている。弘済学園がめざす方向性は、日本ではまだなじみの薄いソーシャルファームを構築していくことなのかもしれない。彫刻や織物や絵画などのアート作品があり、知の象徴である大量の古本があり、大地の恵みの野菜や果実があり、焼きたてのパンが販売される街。そんな街にさまざまな社会的ハンデを持った人たちが地域の人たちと共に暮らす共生モデルを作り出す。そんな壮大な夢に向かって、弘済学園は歩み出している。

(写真・文/戸原一男)

*この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時()のものです。予めご了承ください。