社会福祉法人心の会(神奈川県横須賀市)

プロのパティシエめざして、利用者も製菓技術を磨き続ける「あすなろ学苑」

心の会の概要

心の会は、高齢者在宅福祉センター「さくらの里」、高齢者グループホーム「さくらの家(1〜3番館)」、知的障害者通所授産施設「あすなろ学苑」(平成23年7月より新体系に移行予定)、知的障害者グループホーム「あすなろの家(全4棟)」等の高齢者並びに障害者支援事業所を運営する社会福祉法人である。

法人発足の源は任意団体「こころ豊かな老後を共に考える会」(1991年設立、現NPO法人)であり、地域住民たちの福祉環境をより充実するために結成されている。そうした活動の延長線上として障害者就労や生活施設の確保というテーマが生まれ、2000年に「あすなろ学苑」が設立されたのである。

作業品目としては、パン・クッキー・生菓子・ジャム・弁当製造等である。現在34名の利用者(定員30名)が、経済的にも生活的にも自立した生活を営むことを目的として働いている。

各種の賞に輝く、あすなろスイーツ

「あすなろ学苑」の現在の作業の中心は、「BON NANAN(美味しいお菓子)」というブランド名で売り出しているスイーツ類である。徹底的に素材にこだわり、地元産の卵や果実を使って優しい甘さに仕上げた製品は誰からも好評だ。事実、2009年ユニバーサルベーキングカップ審査員特別賞、2009年セルプ見本市代表商品、2010年真心絶品認定商品、2010年工賃引き上げに関する好事例「至福のお届け」優秀賞、等々さまざまなコンテスト等で評価されていることが、その品質の高さを証明している。

なかでも代表的な存在が、生姜の香りを活かして黒糖仕立ての生地に焼き込んだ「黒糖とジンジャーのクグロフ」だろう。低農薬で栽培された生姜をコンフィ(砂糖漬け)にし、黒糖と生姜汁を入れてふっくら焼き上げたケーキは、口に入れたときの生姜の香りが新鮮で病み付きになる美味しさである。クグロフ以外にも、ジンジャークッキーやスパイシークッキーなどの新感覚スイーツのラインナップが揃っていて、「真心絶品」では「ジンジャー焼き菓子セット」として販売されている。優しい甘さの中に強烈なスパイス感が際立ち、後味のすっきりさがまさに絶品の味わいだ。

「至福のお届け」で審査委員たちに評価されたのは、ジャム・焼き菓子セットやデザートBOXセット(ババロアや杏仁豆腐のセット)だ。服部栄養専門学校校長であり、料理評論家の服部幸應氏を中心とする専門家たちからも、その味と可愛いパッケージが高い評価を受けた。「素材の味がよく出ている。本当に美味しいとの声が審査委員から口々に上がった」と、報告書に記載されている。

こうした製品への高い評価を経て、「あすなろ学苑」では2010年より楽天市場へのネットショップ出店をスタートさせている。「BON NANAN(美味しいお菓子)」というブランド名は、実は出店にあたって作った名前なのだとか。せっかく楽天市場に出店するのだから、福祉施設の製品という枠組みを超えて「味」だけで勝負したい。そんな意気込みが感じられるネーミングである。

スタートしてから約一年。ネットショップでの展開はまだまだ苦戦が続いているのも事実だが、そうそうたるスイーツショップが並ぶ中に一店舗として参加できていることが自分たちの製品作りの自信にもつながるのだと、村上登喜夫副主任は楽天ショップへの参加意義を語ってくれた。

プロのパティシエをめざす利用者たち

「あすなろ学苑」のもう一つの特色は、利用者一人ひとりの作業能力の高さだろう。新商品の開発やレシピを担当する神田ますみ支援員によると、「日常的な作業に関しては出来る限り利用者(障害者)が主体的に関われるようにすること」が施設としての方針なのだとか。その中でもリーダー格と呼べるのが、小島幸夫さん(33歳)である。神戸スウィーツ・コンソーシアムin東京のパティシエ養成セミナーを2年連続で受講し、2年目には秀でた技術を有する受講生として最優秀賞を受賞。すっかり自信を付けた彼は現在の「あすなろ学苑」パン工房班の作業を仕切る存在にまで成長した。

「もともと巧緻性は高い人でしたけれど、パティシエ養成セミナーを受講してからの成長には目を見張るものがありますね。プロとしての自覚をもって仕事をするようになりました。年末など、仕事が忙しい時期には休むことがまったくなくなりましたから。言われたことだけでなく、自分で考えながら2つ以上の仕事をこなせる能力は、他の職員より上かもしれません(笑)。実際に、新人職員とか後輩の利用者さんたちには、小島さんが手取り足取り作業の仕方を教えているのですよ」

小島さんの能力を高く評価する「あすなろ学苑」では、6年前から彼を利用者から職員に登用している。この抜擢によって小島さんの給料は、月額15,000円程度から一挙に13万円以上に大幅アップ。パティシエ養成セミナーの受講は、そんな彼のプロ意識をさらに高めるためにも格好の舞台であった。今後の目標は、一人前のパティシエとなるために一生懸命菓子作りを勉強することなのだという。

「お菓子を作る仕事は、とても楽しいです。ケーキもパンもクッキーも、なんでも作ります。お金はなるべく使わないで貯めています。今年も、ユニバーサルベーキングカップにも神戸スウィーツ・コンソーシアムにも参加します」

と、元気よく語る小島さん。彼に続く利用者が増えていけば、まさに「あすなろ学苑」のスイーツ部門は障害者が働くプロのパティシエ軍団に成長していくのかもしれない。

県立高校の売店でも、毎日あすなろ製品を販売する

神奈川県立横須賀明光高校(以下、明光高校)では、2008年から売店運営を「あすなろ学苑」に委託するようになった。神奈川県の高校としては初めての取り組みである。明光高校は国際と福祉の両科を備えた単位制の高校であり、福祉人材の底上げを狙った実践的な取り組みであるらしい。つまり「障害者との日常的な交流が、生徒の学習にもつながる」というわけである。

こうした狙いは予想通りの効果を上げているようだ。人なつこい利用者たちの魅力に触れた学生たちの中には、「あすなろ学苑」にボランティアとして参加する人たちも出てきている。もちろん、利用者たちにとっても若い学生たちと遠慮なく話せる機会は貴重である。販売のために通う明光高校の存在を仲間として認識するようになり、夏の高校野球の予選大会にはみんなで連れ添って球場まで応援に駆けつけたこともあるらしい。

「去年の予選では、明光高校は4回戦くらいまで勝ち進んだのですよ。もしかしたら甲子園に行けるかもしれないと、利用者たちはもう大騒ぎでした(笑)。いつの間にか身内のような存在に捉えているみたいです」  と、神田さん。明光高校の売店では、弁当やパン、クッキー等の他、冷蔵設備もあるのでジュースなどの飲料やババロアなどの生菓子も販売している。生のイチゴを煮詰めて作るストロベリーババロア、絶妙な焦がし具合が人気のキャラメルババロア、カカオの香りが充満するココアババロア、動物性生クリームをたっぷり使った濃厚な味が自慢のミルクプリン、等々。「至福のお届け」審査委員会でも絶賛されたというスイーツ類は、甘いものには目がない女子高校生たちの間でも安くて美味しいと評判になっている。

あすなろ学苑」の年間売上高は、約3,000万円。そのうち2割にあたる約600万円を明光高校での売店販売が占めるまでになった。

王道のスイーツで確実な成長を遂げていきたい

今後の課題は、利用者工賃の向上だと村上副主任は語っている。現在の平均工賃は15,000円程度であり、まだまだ満足いくものとは言い難い。厚生労働省が掲げる工賃倍増計画に基づき、30,000円以上をめざすことが職員たちの間では緊急のテーマとなっている。

そのためには、やはり売れ筋製品を開発することが大切である。しかし味としては、「あくまで王道を貫きたい」と神田支援員。「最近売れているお菓子を見ていると、奇を衒ったものが多いような気がするのですね。そうした商品では一時的なブームに乗ることはできても、人気は長続きしないのではないでしょうか」地味ではあっても、素材の味を活かした、シンプルながらホンモノの味。それが「あすなろ学苑」のめざす商品開発の基本ということなのだろう。

「あすなろ学苑」のスイーツの評価が高いのは、ミルクジャムとか、キャラメルソースとか、果物のコンフィとか、菓子作りの基本となる素材をすべて内部で作っているからでもある。どれも、弱火にした鍋で材料を焦がさないように長い時間をかけてコツコツと煮込んでいく地道な作業だ。効率性を重視する製菓工場なら、ゼロから内部で作ることはほとんどないだろう。しかし根気のいる作業は、実は重度の知的障害者にとってはもっとも得意な分野でもある。神田さんたちはそうした利用者の特性を見極めてさまざまな作業チームを構成しているわけなのだ。

プロのパティシエをめざした利用者たちが、自分の参加できる得意な分野で製菓技術を磨き続ける「あすなろ学苑」。彼らが作り出す素朴な味わいのスイーツ類は、明光高校の学生たちを中心にして少しずつ世の中に広まっていくに違いない。「真心絶品」でも販売されている「ジンジャー菓子セット」などはとくに、今後ますます注目される商品であるはずだ。健康食品としての生姜の効能が改めて注目されている昨今である。「カラダに優しいスイーツ」として、ジンジャー好きの全国の女性たちから注目される日も近いかもしれない。

(写真・文/戸原一男)

*この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時()のものです。予めご了承ください。