社会福祉法人佛子園(石川県能登町)

能登半島の先端で、癒しの空間と地ビール製造を続ける「日本海倶楽部」

佛子園の概要

佛子園は、仏子園(知的障害児入所施設)、ワークセンター旭・成(就労継続B型/生活介護)、ワークセンター星が岡(就労移行支援/就労継続B型)、星が岡牧場(入所支援・生活介護)、徳山分場(就労継続B型)、三草二木西園寺(就労継続B型/生活介護/高齢者デイサービス)、エイブルベランダBe(児童デイサービス/就労継続B型/就労移行支援)、キッズベランダBe(児童デイサービス/生活介護/就労継続B型)、鬍鬚張魯肉飯金沢工大前店・鬍鬚張魯肉飯御経家サティ店(就労継続B型)、町屋カフェむじん蔵(就労移行支援)、日本海倶楽部(入所支援・生活介護・就労継続B型)、日本海倶楽部ザ・ファーム(就労移行支援/就労継続B型)等の障害者・高齢者・児童施設を運営する社会福祉法人である。この他、仏子園ステーション、星が岡ステーション、日本海倶楽部ステーションにおいて複数のグループホーム・ケアホームや、児童デイサービス、短期入所、居宅介護、重度訪問介護、行動援護、移動支援、日中一時支援、相談支援等の各事業もおこなっている。

各施設の立地拠点は石川県の小松市、金沢市といった市街地から、能登半島の先端である能登町に至るまで広範囲に及んでいる。地域によって異なるニーズを吸い上げながら、児童から老人までさまざまな人たちに福祉サービスを提供し続けている社会福祉法人なのである。

能登半島の先端で本格的な地ビール製造をスタート

多くの事業をおこなっている中でも、障害者就労施設として非常にユニークなのが「日本海倶楽部」の取り組みであろう。美しい日本海の入り江を望む能登内浦の高台に、地ビール工房、レストラン、牧場(ミニ動物園)等を運営し、能登半島の新しいリゾートエリアとなっている。もともと重度障害者を対象とする児童施設や更生施設が中心であった佛子園が初めて取り組む本格的な授産施設として、1998年5月にスタートした。

昔から奥能登というのは発酵文化が根付いた地方であり、約8万人の人口に対して12軒の酒蔵、2軒のワイナリー、1軒の焼酎蔵が軒を構えている。比較的酒蔵が多いとされる新潟(約80万人に対して、56軒)と比較しても非常に多い数字である。鰯やイカのはらわたを発酵させて作る「いしり」も奥能登伝統の魚醤だ。つまりこの地方では、先祖代々からさまざまな発酵製品が大切に作られてきたのである。このような文化に則った事業として、障害者就労施設の作業品目としては珍しい「地ビール」製造を始めることになった。石川県で初めて明治時代に地ビールを作った事業者が、実は理事長の先祖であったという事実もわかっている。

「私たちがこの事業を始めたきっかけのひとつは、『星が岡牧場』のお酒好きな職員が集まって地ビールキットでビールを作っていたこと。当時は酒税法が改正されて、町興しのために各地で地ビール製造工場が生まれていく時代でした。しかしせっかく作るなら、奥能登から全国に発信できるほどの製品を生み出したい。そう考えたスタッフが研究を重ね、本格的な地ビール製造を始めることにしたのです」と語るのは、日本海倶楽部の辻由和施設長(38歳)だ。

施設が建っているのは能登半島のほぼ先端にある観光地である。見附島や恋路海岸、九十九湾海中公園等の近くであり、ゴールデンウィークや夏には多くの観光客が訪れるスポットとなっている。そんな自然に恵まれた土地の新たな観光名所(地ビール工場)となり、地域福祉の拠点ともなる施設をめざすという理想のもと、「日本海倶楽部」はスタートしたのだった。

日本を代表する銘柄のシンボルとして「朱鷺」をイメージ

「日本海倶楽部」のビールは、酵母が生きたままの生ビールである。通常販売されている大手メーカーの生ビールと違い、出荷時に酵母の加熱処理やフィルター処理などは一切おこなわない。そのためミネラルが豊富に含まれ、独特の苦みとコクが生まれてくるのである。こうしたビールの味を決めるのは、ブラウマイスターと呼ばれる発酵技術者の腕次第といっていい。そこで「日本海倶楽部」では本格的な味わいを作り出すため、わざわざチェコから熟練のビール職人を招くことになった。

チェコビールといえば、ビール好きなら誰もが知っているピルスナービールである。黄金色に輝く洗練された美しい色合いは、現在でこそビールの定番のようになっているが、実はチェコのプルゼニ市で初めて醸造された革新的な製品なのだ(それまでのビールの定番は、黒か赤色であった)。こうした事実から、関係者の間ではチェコがビール醸造の本場として一目置かれた存在らしい。

製品のイメージ戦略にも徹底的にこだわった。専門のプランニング会社に依頼し、製品のコンセプトをきっちり固めた上で、ロゴデザインやパッケージデザインを作り上げていく。「日本海倶楽部」がめざす方向性は、「地ビール&自ビール&滋ビール」である。地域の誇りのローカルブランドであり、自然の味わいで自ずと美味しく、新鮮かつ安全な製品づくりをめざすという三大テーマが、すべてここには含まれている。

そこから導かれたデザインが、「日本海倶楽部」のトータルイメージともいえる朱鷺のマークである。能登半島から全国に向けて「日本を代表するビール」を発信していきたいという考え方を、このマークに象徴させた。朱鷺にも負けない日本一のビールを作るのだという強い意志が感じられる力強いデザインだ。「豊かな自然とロマンの歴史に彩られた奥能登・内浦の美しい緑と太陽から、美味しいビールが生まれました」というストーリー展開。「奥能登ビール・日本海倶楽部」というネーミング。すべてにおいて、有名企業の人気製品と比較しても遜色のないレベルと言えるだろう。

販売の中心は、約400人の自ビールトラスト

事業スタートから約12年。現在の「日本海倶楽部」の総売上高のほとんどは、地ビールトラストといわれる会員が占めている。これは「奥能登ビール・日本海倶楽部」の出来たて新鮮なビールを毎月500ml瓶で6本定期的にお届けするという会員制度であり、月会費が4,200円(税込・送料別)となっている。一年で50,400円であり、決して安価な会員制度ではない。しかし「日本海倶楽部」のビールの味に惚れ込んだビール好きな人たちや、活動の主旨に共鳴する賛同者たちが400人以上集まり、現在のビール事業の基本を支えているのだ。

「トラストの約1割が、能登町の人たちなんです。施設立ち上げの時からの関係者など、ずっと私たちを応援しつづけてくれています。とても有り難いことですね。町内のトラストには、毎月職員が利用者を連れて直接ビールを配達するようにしているのですよ。彼らが明るい笑顔で配達してくれるので、会員数がなかなか減らないという効果もあります(笑)。このように定期的にお客さんとコミュニケーションをとることは、理解者を増やす上でも大切なことだと思いますね」(サービス管理責任者・竹中誠さん)

この他、併設されたレストランや通信販売、各種イベントへの出店がビールの主たる販売活動となっている。イベント販売については、ビールサーバー付きの専用車を三台も保有しており、一年間に出かける回数はなんと約28回以上。生ビールや豚バラ串焼き等のつまみを販売し、これだけで年間700万円以上の売上をあげているらしい。

今後強化していきたいのは、業務用生樽(20リットルの専用ケグ)の販売活動であると、辻施設長は言う。「ビールそのものはどこに出しても恥ずかしくない製品が作れるようになりましたが、外部に対する販売活動が少し消極的だったことは否めません。今後は大都市圏での営業活動を活発におこなって、たくさんの店に生樽を卸してもらえるようにしていきたいですね。やっぱり、私たちのビールは生樽から直接注いだ状態が一番美味しいですから」

現在、石川県金沢市や東京を中心にして、全国で約30箇所の店舗に業務用の生樽(20リットルの専用ケグ)を卸している。原宿にある東京で唯一のチェコ料理専門店「カフェ・アノ」では、数ある本場のピルスナービールと肩を並べて「日本海倶楽部」のビールが販売されているほどである。その人気を裏付けるように、「奥能登ビール・日本海倶楽部ピルスナー」は、2010年度国際ビール大賞「ボヘミアン・ピルスナー部門」で銀賞を受賞する栄冠に輝いた。

チェコ人のブラウマイスターと利用者たち

「日本海倶楽部」のビールの味を作りだしてきたのは、本場チェコから来てもらっているビール醸造職人たち(ブラウマイスター)である。現在のマイスターはユジ・コティネックさん(33歳)で、初代から数えて5人目となる。身長198センチという巨体の彼は、日本語は片言ながらも爽やかな笑顔が印象的で、見学者たちにもにこやかに対応する職人らしからぬ性格の持ち主だ。原宿の「カフェ・アノ」との取引を成功させたのも、彼の営業だというのだから恐れ入る。

「私が日本に来た理由は、一人前のブラウマイスターとして仕事ができるからです。もともと日本に興味はありましたが、観光ではなくビール職人として働けるのが魅力的でした。大好きなビールを思う存分作れて、趣味と仕事が一緒の生活を満喫しています(笑)。今後の目標は、オリジナルビールの開発ですね。来年の発売をめざして、季節に合わせた限定ビールを現在試作中なんですよ」

そう語りながら、コティネックさんは自慢のビールを樽から出して試飲させてくれた。仕事中のためあまり多くは飲めないのが残念だったが、出来たて新鮮の地ビールは、まさに別次元の美味しさであったことを記しておこう。

ところでこのマイスター氏、周りからは愛称で「コチャス」と呼ばれ、すっかり「日本海倶楽部」という施設に馴染んでいる。近くの職員寮に住み込み、朝食は利用者たちと施設の食堂で毎朝一緒に食べているとのこと。片言の日本語を駆使し、手振り身振りでお互いに会話している姿を想像するだけで微笑ましくなってくるではないか。

なかでも、レストランでビールサービング係として働く利用者の笹木章二さんとは特に仲良しなのだとか。彼が殻になった生樽を工場に持っていくときには、必ず「今日のビールの状態」を報告するようになっている。笹木さんが「ちょっと泡が多いみたい」と言った場合には、「コチャス」が飛んできて直接レストランの生樽をチェックすることもある。

「このように笹木→コチャスのホットラインが、レストランのビールの品質を保ってくれているんですよ(笑)」と、竹中さんは語っている。ビールを現場でジョッキについでいるサーブ係と、ビール醸造職人の連携がこれだけしっかりしていれば、たしかに品質管理は万全だろう。

海が見渡せるレストランと、癒しの空間のミニ動物園

笹木さんが働いているのは、ビール工場に併設する「Heart&Beer・日本海倶楽部」というレストランである。チェコ人の作った本格的な地ビールを、海の見える素敵な空間で味わえるとあって、あらゆる能登の観光ガイドにも紹介されている人気の観光スポットだ。新鮮なビール以外にも、魚介パスタや能登牛の炭火焼き、オープングリルで焼き上げる地鶏の丸焼きやケバブ等、書いているだけで垂涎モノの料理が売り物でもある。

レストランだけではない。建物の周りは広大な緑豊かな公園となっていて、海を望んだ滑り台や「能登ヒーリング・ベル」が設置されている。またスーパーミニホース、エミュー(ダチョウの一種)、ポットベリー(ミニブタ)等が飼われたミニ動物園もあり、天気のよい日にはのんびりとした食後の時間を過ごせることは間違いない。

こうした公園の清掃や、動物たちの世話、農園の整備なども「日本海倶楽部」に所属する利用者たちの大切な仕事である。つまり施設の作業部門としては、ビール製造部門、レストラン部門、動物&公園整備部門、農業部門という4部門が用意されており、利用者一人一人の適正や障害程度、そして本人の希望によって所属や配置が決定されているというわけなのだ。

「ビール製造やレストラン事業だけでなく、施設を取り囲むさまざまな仕事が用意されているのが『日本海倶楽部』の特色だと思います。利用者によっては外で思い切り気持ちを発散したいタイプの人もいますし、人と接するのが大好きな人、一般就労へ向けた準備をしたい人、働くことに対する希望はみなさんいろいろですからね」(辻施設長)

施設全体の利用者の月額平均工賃は、約17,000円となっている。公園整備などの軽作業の場合は4,000円程度だが、レストランの厨房や接客係になると40,000円以上の工賃になる。一つの施設にさまざまな部門と作業が混在しながらも「石川県内ではトップ水準」という工賃を支給できているのは、やはり柱となるビールのしっかりとしたブランド戦略と、それに基づいた事業計画&商品企画による当然の結果だろう。

かつて奥能登の大空を羽ばたいていた朱鷺のように、日本を代表して世界に誇れるビールを届けたいという高い志を持ってスタートした「日本海倶楽部」の地ビール事業。時代と共にホンモノの味を求める顧客の増加によって、少しずつではあるが、着実に成長しつつある。まさに「能登の美しい緑と太陽と海の贈り物」と呼ぶにふさわしい「奥能登ビール・日本海倶楽部」は、これからますます多くのビール好きの舌を満足させていくことだろう。

(写真・文/戸原一男)

*この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時()のものです。予めご了承ください。