社会福祉法人富岳会(静岡県御殿場市)

全国から見学者が殺到する、富士山の麓の「福祉と芸術の村づくり」

社会福祉法人富岳会の概要

富岳会は、「富岳の園」・「セルプ・アムール」・「アークビレッジ富岳」等の障害者支援施設において、就労支援継続A型・就労移行・就労継続B型・生活介護・施設入所支援・共同生活援助(グループホーム)などの事業をおこなう社会福祉法人である。この他、保育園(障害児通園施設含む)・老人施設(特別養護老人ホームや訪問介護事業所)に至るまで、22を超える社会福祉事業、2つの公益事業(裾野・御殿場市地域包括支援センター)、収益事業(富岳太鼓)、委託事業(在宅障害者サポートセンターふがく)等を運営する。富士山の裾野の広大な土地に作られた「0歳から100歳までの総合福祉施設」である。

設立当初より一貫して「健・心・愛」の理念に基づいた、質の高い福祉サービスを提供してきた。「健」とは、健康な体作りのための体育活動。「心」とは、リズム感と協調性・精神力が身につく音楽活動。そして「愛」とは、完成や集中力や美的能力を深め、情緒の安定性が図れる造形活動。このような療育活動を通じて、子どもたちの健やかな成長と、障害者の生活自立と社会自立、高齢者の豊かな人生支援を実施している。

障害者支援施設「富岳の園」(就労移行支援・就労継続B型)の主な作業品目は、クッキーやバウムクーヘン等の焼き菓子、宅配弁当製造、バッグやエプロンなどの縫製作業である。この他、「セルプ・アムール」(就労継続A型)では、パンの製造と店舗販売、野菜の仕入れ・販売などをおこなっている。収益事業として位置づけられている「富岳太鼓」も、有料で年間50〜60の全国公演をこなす、いわば立派なイベント事業部だ。11年前から「日本太鼓全国障害者大会」の企画運営も実施し、障害者施設における日本太鼓の普及活動にも励んでいる。

富岳の園を全国的に有名にしているクッキー事業

「富岳の園」と聞くと、クッキー事業のことを思い浮かべる福祉関係者が多いに違いない。国体・インターハイ・ねんりんピック等の国民的スポーツ大会において、公式キャラクターマークを使ったお土産用クッキーやサブレを大々的に販売しているからである。この事業は富岳会の山内令子理事長(75歳)が、2003年静岡県の国体で初めて実施して成功を収めた結果を受け、日本セルプセンターが「スポーツ文化事業」として引き継ぎ、全国展開するようになったものだ。開催県の施設が集まって、共通レシピによるクッキー製造を複数施設で分担するのが基本的考え方だが、生産が間に合わない時には「富岳の園」から製品を供給することが多いという。このため、富岳クッキーやサブレを全国のさまざまな会場で目にする機会が多いのである。

だからといって「富岳の園」が広大な製菓設備を有していたわけでは決してない。現在でこそ「お菓子の館」(2008年4月稼働)と称する焼き菓子専門工場が建設されたのだが、もともとはパンを焼いた後にクッキーやサブレを製造していたらしい。そんな限られた設備でも、注文があれば「努力とアイデアでなんとか生産体制を整える」のが、富岳会の事業ポリシーだ。2005年愛知県で開催された「愛・地球博」で3,000箱以上の菓子を販売した時などは、さらに1,000箱の追加発注を一週間の納期で受け、食堂のオーブンまでフル稼働させて、スタッフ総出による連日の夜なべ作業で乗り切った。

製菓事業だけでなく、施設開設時からの歴史ある製パン事業も年々拡大を続けている。当初は地域のバザーで販売する「一般的な福祉施設のパン事業」の域を出なかったが、施設の周辺である三島・御殿場地区のスーパーでの製品販売がスタート。御殿場高原の総合レジャー施設「時之栖(ときのすみか)」の売店での販売も始まると、日産1,000個以上という規模になり、2008年7月より就労継続A型事業所「セルプ・アムール」として独立させた。

「セルプ・アムール」の新しいパン工場には本格的な石窯(富士山の溶岩で作った石窯とのこと)が設置されており、周りがカリカリ、中がもっちりの本格的なイギリスパンを焼くことも可能である。地元・駿河湾の海洋深層水使用というこれまでのこだわりと共に、「石窯で焼いたパン」をさらに特徴ある商品としてアピールしていく計画だ。

「めざマルシェ」に、新製品・富士山バウムを出品 !

そんな富岳の園に、2009年9月より新たに加わった新製品が「富士山バウム」である。製造するのは、焼き菓子専門工場の「お菓子の館」だ。工場を新設したとはいえ、クッキー&サブレの製造だけでもピーク時にはフル稼働になるのに、新たな製品を開発したのには理由があった。それは、既存の焼き菓子の繁忙期が夏から秋に集中してしまうため(イベントでの販売が中心)、冬から春にかけての閑散期を埋める商品が求められていたのだ。

そんな時に、山内理事長のもとに「銀座に建設される全国ご当地商品を集めた物産館」への出品打診が舞い込んできた。しかも具体的な製品として、名物になるような美味しいバウムクーヘンを作ってほしいのだという。若い女性たちに広がる密かなバウムブームに目を付け、それを障害者施設に製造してもらうことで付加価値を狙った企画らしい。この物産館とは、東京・銀座の一等地に建ち、フジテレビの朝の情報番組「めざましテレビ」がプロデュースする「めざマルシェ」である。

バウムクーヘン製造の技術や知識などまるで持っていなかった「富岳の園」だが、このタイムリーな提案には飛びついた。もともと閑散期に販売する製品を模索していた際中だったし、ブームのバウムクーヘンを銀座で販売するなら、ある程度の売上は見込めるはずである。「決定すると、うちの法人は動きが速いですよ」(山内理事長)というとおり、その後の事業開始までのスケジュールは驚愕の一言だ。

4月に神戸に職員を派遣して具体的な製造法を学びに行かせた後で、工場にすぐ専用オーブンを設置し、数ヶ月で製品化までこぎつけたのである。正式な販売スタートは9月だから、約半年で全くのゼロから機械導入、製造法マスター、オリジナルパッケージ製作までをこなしてしまったということになる。2010年1月の「めざマルシェ」のオープンに向けて急がなければならなかったとはいうものの、まさに突貫工事の事業スタートだった。2009年12月から始まった「真心絶品」での販売が、実は全国展開第1号だったというわけである。

24層もじっくり焼いていく、バウムクーヘンの作り方

バウムクーヘンとは、丸い心棒に薄いケーキ生地を何十層も焼き付けていく伝統的なドイツ菓子である。断面が木の年輪のように見えることから、「木の菓子=Baumkuchen」と名が付いた。バウムクーヘンを作るためには、専用のオーブンが必要だ。このオーブンには生地を巻き付けるための心棒が設置されており、この棒が回転することにより、バーナーで一層ずつ生地を焼いていくようになっている。

一層の生地の厚みは、1〜2mm。約17秒でゆっくり棒を回転させて一層が完成、これを22〜25回繰り返すことになる。層数に幅があるのは、その日の気候や生地の出来具合によって微妙にバウムクーヘンの膨らみが変化するためだ。調整しているのは層数だけではない。ガスの温度や、回転秒数(=焼き時間)、生地を設置する心棒の高さ等にもつねに細心の注意を使い、焼き上がりが同一サイズになるように計算しなければならない。「富岳の園」のバウム専用オーブンは、一度に4本の生地を焼くことができる。そのため、焼き始めると終了までの約40分間はまったく気が抜けない。330度の熱いオーブンの火の前に、じっと張り付け状態なのだ。

生地を焼いているのは、野田幸宏氏(30歳)である。一見するとまるでケーキ職人のような風貌を呈しているが、本来の仕事は「富岳の園」の施設支援員だ。この事業がスタートするにあたり、神戸にある機械メーカーに基本技術とレシピを学びに行き、その後はまったくの独力で焼き方をマスターしていったという。

「最初のころは、本当に失敗ばかりでしたね。バウムクーヘンというお菓子はごまかしがききませんから。一番難しいのは、完全な円形にして焼くことなんです。焼いているうちに生地はだんだん形がゆがみがちなのですが、少しでも大きさに偏りがあると、遠心力で焼いている途中で棒から外れてしまいます。初めのころは、完成前に何度も生地を落としてしまいました」

難しいのは、焼く途中だけではない。焼いた後も、生地が完全にさめるまで少しずつ回しておかないと、縮み方にムラができてしまい、またしても心棒から脱落することになる。「富岳の園」では、焼き上がった生地を自動的に回転しながら冷却する保管機が用意されている。生地がさめるまで、約2時間。気が抜けない時間が続くのである。気候によってバラツキがあるという縮み具合を計算しながら生地の「焼き層数」を調整していくという技術は、まるでその道何十年の職人のようだ。取材した日は思ったほど生地が膨らまないとのことで、25層の焼き加減であった。

こうして丹精込めて焼き上げた「富士山バウム」は、利用者たちの手によって裁断、包装され、店頭へと運ばれることになる。「真心絶品」でも人気が高い商品であるが、銀座「めざマルシェ」ではなんとオープン三日間の人気ナンバーワン商品に選ばれた。5階の関東・静岡地区「富士山バウム」販売コーナーでは大きなバウムクーヘンが回転しており、それを切り分けてパッケージ化するという実演販売ふうの演出もなされている。高島彩アナウンサーも絶賛するこの商品、今後もますます人気は高まっていくことだろう。

全国から施設の見学者が殺到。福祉文化の発信地に

ところで「富岳の園」には、一年間で2,000人程度の見学者が施設を訪れることをご存じだろうか? その数は、半端なものではない。一回につきなんと300人以上が、観光バスを何台も借り切ってやってくることもしばしばだ。訪れるのは、一般企業の社員から、民生委員の団体、町会議員など、参加者の種類も地域も、バラエティに富んでいる。最近では、日本だけでなく中国や台湾からの訪問者も多くなってきた。ある某有名企業などは、社長の方針で新人研修として毎年必ず数十名ずつ定期的に「富岳の園」に社員を送り込んでくることになっているとのことだ。

決して交通の便が良いとは言えないこの施設に、どうしてこれだけ多くの人たちが見学に訪れるのだろうか? それは、幼児施設・障害者施設・老人施設のすべてが揃う総合福祉施設であることはもちろんだが、やはり「富岳太鼓」の存在が大きいのではないか。知的障害者の療育活動として「富岳の園」では、創設以来ずっと和太鼓活動を続けてきた。太鼓の響きやリズム感、感情を全身で表現する躍動感、演奏者全員で音を合わせる協調性が、心身両面にわたって高いセラピー効果を発揮してきたのである。彼らの演奏を聞いた者なら誰でも、太鼓の鼓動に魂を揺さぶられずにはいられないだろう。その結果、演奏者と観客(=障害者と健常者)の壁が一挙になくなる世界を体験できるわけである。

そんな「富岳太鼓」を、研修ツアーでは存分に楽しむことができるのだ。太鼓演奏の後は、各種揃った施設見学とその概要説明会があり、お昼ごはんは「富岳の園」で製造されるお弁当を食べ、お土産としてパンやクッキー・縫製品が用意されている。実に考えられたプログラムであり、楽しんで福祉を学べる絶好の場として人々が集まってくる理由がわかる気がする。

山内理事長が「水道も電気も道路もない」この地に施設を建設した時の夢は、「福祉と芸術の村づくり」を実践することだったのだという。その理想は「まだまだこれから」と謙遜するものの、法人以外の公的施設も近くに建ち始め、着実に実現へと向かっている。二時間で福祉の勉強ができる「福祉観光案内」として専用のツアーパッケージも用意されているようなので、興味がある方はぜひ富士山の麓のこの理想郷を一度訪問することをお奨めしたい。

(写真・文/戸原一男)

*この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時()のものです。予めご了承ください。