社会福祉法人伊勢亀鈴会(三重県鈴鹿市)

伊勢亀鈴会は、本格的な葬祭事業への参入により利用者工賃の底上げをめざす

葬祭事業への本格参入を決めた、伊勢亀鈴(きれい)会

伊勢亀鈴会は、八野ワークセンター、第2八野ワークセンター、南勢ワークセンター、宮の里ミタスメモリアルホーム、きれいサポートステーション等を中心にする5施設10事業所によって就労移行支援・就労継続支援・生活介護・自立訓練等の事業を運営する社会福祉法人である。事業内容としては、食品販売(おにぎり・ジャム)、印刷、軽作業、クリーニング折りたたみ、自動車部品下請け作業、空き缶リサイクル、ウエス、人材派遣(清掃・草刈り)、葬祭...と、実に多岐にわたって展開されている。

この中でも際立っているのが、全国の社会就労センターの事業品目としても唯一と言われる葬祭事業であろう。法人の設立者である小林充氏(現会長)が鈴鹿葬儀社(有)を経営していたこともあり、小規模葬祭を十数年前から法人事業の一つとして請け負ってきたのだ。これは生活保護者受給者等が亡くなった際に、自治体から支給される最低限の葬祭費用で遺体を弔うという福祉的意味合いの強い取り組みであった。

葬祭事業が現在のように本格展開されるようになったのは、2008年からのことである。小林会長の高校時代からの友人でもあったという横山仁司氏(64歳)が理事長に就任し、伊勢亀鈴会の事業内容を根本から見直すことになった。NTTマーケティングアウト三重の代表取締役社長を務めていた経歴を持つ横山氏は、さまざまな事業が展開されていた中から、事業としての可能性が大きい葬祭事業に注目。「高齢化社会を迎えた日本において、今後間違いなく成長が期待できるビジネス」として本格的な営業展開を図ることを決めたのである。

伊勢亀鈴会がめざす新時代の葬祭事業とは

葬祭ビジネスの世界は、変動の時代を迎えている。不明瞭な会計、悪しき慣習が少しずつ改革され、良心的な価格でセレモニーを請け負う事業者が全国でも少しずつ増え始めているのである。そうはいってもまだまだ旧態依然とした業界であり、葬祭にかかる費用は相当な額になってしまうのが現実だ。財団法人日本消費者協会の調べによると、近畿地方における葬祭費用の平均額は239万円となっている。そこで伊勢亀鈴会では、「葬祭=お金がかかる」という常識を覆すことを事業方針とした。

全面に打ち出したのが「最高で40万円」という破格の価格設定である。この価格には、祭壇に使用する小物一式はもちろんのこと、寝台車・遺族送迎のマイクロバス使用料、納棺料、会館使用料がすべて含まれている。遺族の希望によって不要なサービスを取り除けば、20万円まで下げることも可能だ。また、会員制による「生前お見積もり」というシステムも採用した。1,000円の会費を払うだけで「きれいの友の会」の永久会員となり、その時点で本人・家族の葬祭費用を選択できるというわけである。

特色は、価格面だけではない。セレモニーの内容面においても、「新時代の葬祭」のあり方をスタッフが提案。故人の人となりを参列者にきちんと説明し、命の尊さを訴えられるプログラムを用意する。そして何よりも大切にしているのが、「最高のサービスレベル」だ。葬祭の進行役、そして受付等のスタッフはすべて専門の女性陣が担当。女性ならではのきめ細やかな、そして温かなサービスにより、ライバル事業者に決して引けをとらない体制を整えた。

広告活動も本格的に開始した。地元新聞へのチラシ折り込みを初めとして、近隣住宅へのチラシポスティング、FMラジオ、市役所前の大看板、等々。「福祉葬祭」のポスターを掲載して毎日地域を走り回っている利用者の送迎車も、有効な広告メディアとなっている。こうしたダイナミックな広告活動を次々展開できるのも、さすがに民間出身の理事長ならではと言えるだろう。

葬祭事業を牽引する女性リーダーたち

葬祭事業というのは、いわば究極のサービス業である。そのため、人材の確保がなにより最大の課題だ。横山理事長は先に掲げた「四つの特色」を事業としてきちんと実現するために、女性スタッフを事業運営のリーダーとして任命した。伊勢亀鈴会の二つの葬祭事業所(八野ワークセンター・南勢ワークセンター)のうち、八野地区の葬祭事業を担当するチーフアドバイザーの長岡栄子さんは、横山理事長が直々にスカウトしてきた一人。業界歴4年の中堅スタッフだが、リーダーシップ、セレモニーの取り仕切り、細かい配慮等々、卓越した能力が評価されている。

「業界の悪しき風習を打破して、少しでも安価で最高のサービスを提供したいという横山理事長の考えに共鳴して転籍してきました。自分たちの仕事が、利用者工賃のアップにつながるという意義も大きかったですね。葬儀社としては最低限の設備もままならず、まだまだ理想の姿にはほど遠いのが現状です。人材も決定的に不足していますので、時間があれば研修会を開いたり、一流の講師による研修会に参加してもらって、勉強を怠らないようにしています」

「利用者の主な日常業務は、自社ホールの環境整備です。いつセレモニーに使われるかわかりませんから、日々の清掃活動がとても大切なのですね。仕事が入ると、祭壇や棺の組み付け作業から、備品の管理も担当してもらいます。葬祭にはホール葬だけでなく、寺葬、自宅葬などもあるので、備品をトラックで持ち出すことになるのです。みんな一生懸命働いてくれるので、お客さんからはいつもねぎらいの言葉をもらいますよ。プロの葬儀社として見るとまだまだ改善の余地はありますが、彼らが一緒に働いていることで温かみのある雰囲気を作り出せているような気がします」

葬祭事業を支えるスタッフのハードな労働環境

葬祭事業というのは、「実に利益率がいい事業」(横山理事長)であることは確かだが、それを支えているのは「いつどんな時間に電話が入っても対応できる」というハードなスタッフ体制である。この世界に休日も、深夜も関係ない。つねに24時間体制で待ち受け、動き出せるようにしておかなければならないのである。

そのため伊勢亀鈴会では、二つの葬祭事業所でそれぞれフリーダイヤルの受付担当を決め、交代で携帯電話を持つようにしている。担当の日は、もちろん飲酒など厳禁である。電話が鳴れば、車で現場まで急行することになるからだ。「そんなにお酒は飲めませんけど、夏の暑い夜にビールの一杯でも飲めないのはちょっぴり寂しいですね(笑)」と、小岸さん。

仕事が入ると、ドライアイスや小物一式の手配、火葬場の予約、遺体搬送車の手配等を即座に行わなければならない。さらに遺族との商談、通夜・葬儀の日程調整、かご盛りや弁当の手配...と、やるべきことは山のようにある。これらを二時間以内のうちにすべて一人で取り仕切る必要があるのだ。それが深夜だった場合には、手配をしているうちに夜が明け、そのまま一睡もしないで次の作業に突入することも多いという。さらに女性スタッフの場合には、当日のセレモニーの司会まで担当することになる。

長岡さんと同じく小林会長が経営する鈴鹿葬儀社に在籍していたものの、「これからは福祉の時代」と誘われて20数年前に転籍してきた営業推進本部・本部長の細川浩一さんは、「業界に携わる人なら、労働環境がハードなことは当たり前と思っていますが、それにしてもウチの女性陣の頑張りには頭が下がりますね」と語っている。「もちろん管理者としては、早いうちに男性スタッフを育成して、彼女たちが深夜に働かなくていい体制にすることが急務です。安全面も考慮しなくてはいけませんから。それに夜中に突然起こされて、ろくにお化粧する時間もなく客先に向かわせるのは申し訳ないですからね(笑)

仕事を通じて驚くべき成長を遂げる利用者たち

障害者の自立支援をめざす社会福祉法人が、葬祭事業を営むことに対するためらいはないのだろうか? 現在の中心メンバーは同業社からの転身組が多く、まったくそんな意識は持ち合わせていない。むしろ社会福祉という観点からも、サービス業としての葬祭ビジネスにプライドを持った人たちばかりだ。

しかし八野ワークセンター施設長の松村浩氏は「以前はまったく畑違いの職員が法人内の人事移動で担当になった時など、特殊な仕事ゆえに悩んでしまった事例も確かにありましたね」と語る。福祉関係者の反応も複雑だった。八年ほど前にセルプの研究大会の事例発表で葬祭事業を報告したときには、「みんな唖然として、ぽかんとした顔をして聞いていましたよ」。やっと最近になって「自分たちもこの事業への参入を検討したい」という声が聞かれるようになってきたらしい。

利用者たちの家族からの反対意見もほとんど聞かれなかった。小林会長が葬祭会社の経営者でもあることは誰もが知っている事実であるし、そのノウハウを活かした本格的な事業展開により、むしろ高工賃がもらえるようになることへの期待感があるようだ。

仕事を通じて、利用者一人ひとりの成長がはっきり見られるのも葬祭事業の特色である。絶対にミスが許されない仕事であり、現場に流れる緊迫感は計り知れない。スタッフの面々はその状態を「スイッチが入る」と表現している。スイッチが入ると、利用者たちにもその雰囲気は伝わっていく。言動が急に緊張感を帯び、明日の予定を皆で口々に話し合っている。

葬祭会場での業務は道具の搬出入などの裏方作業が中心だが、駐車場係やドアマンなどを担当することもあるため、基本的には正装である。こうした非日常的なムードが、彼らの意識を高めていくのかもしれない。現場ではもっとも緊張するといわれる納棺作業を補助する利用者まで現れ、関係者もその成長ぶりには驚かされたとのことだ。

本格展開はこれから。年商三億円をめざす

伊勢亀鈴会では現在でもさまざまな事業をおこなっているのだが、事業的にはどれも非常に厳しい状況にある。空き缶リサイクルは価格の大暴落が起こってしまったし、世界的な経済不況により大手自動車メーカーからの下請け作業も激減してしまった。印刷事業も、官公庁からの定期刊行物への入札依存度が高すぎて、不安定な事業運営を強いられている。

工賃の比較で見ると、印刷事業は月平均で20,000円、食品販売事業は28,000円、葬祭事業は40,000円となっている。(法人全体の平均月工賃は、25,000円)この数字を見るだけでも、いかに葬祭事業がセルプ事業として卓越した存在であるかが理解できる。

本年度の葬祭事業の売上げ目標は、1億円に設定した。昨年度実績が3,000万円であるのに対して、強気の計画を作ったのには理由がある。イオングループが2009年9月から「イオン葬祭」として明朗会計を謳った葬祭事業をスタートさせたのだが、三重地区の提携会社の一つとして伊勢亀鈴会が選定されたのである。今後は、一挙に仕事が拡大していくことが想定されている。

「葬祭事業を本格展開させたといっても、法人全体売上から見たらまだ微々たる存在でしかありません。これが3億円程度まで伸ばせたら、堂々と伊勢亀鈴会のメイン事業だと胸を張って語れるようになるでしょうね」と、横山理事長。「最高のサービスを提供することで、少なくとも東海ナンバー・ワンの葬祭事業者になりたい」という夢が実現するとき、障害者福祉の世界に一体どんな実績を作り出すことができるのだろうか。その事業の行方を、いまや日本中の関係者が注目しているに違いない。

(写真・文/戸原一男)

*この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時()のものです。予めご了承ください。