社会福祉法人わたむきの里福祉会(滋賀県日野町)

わたむきの里福祉会は「近江商人の三方よし」をテーマとして、地域ニーズを事業化する

わたむきの里福祉会の概要

わたむきの里福祉会は、「わたむきの里第1作業所」(就労継続支援B型事業・生活介護事業)、「わたむきの里第2作業所」(就労継続支援B型事業・生活介護事業)「わたむきの里第3作業所」(就労継続支援B型事業・就労移行支援事業)を中心にして、障害者の就労支援を展開する社会福祉法人である。この他、「支援センター太陽」「働き・暮らし応援センター"Tekito-"」「ホームみらい」「ホームローズハイツ」「障害児童クラブともだち」等の生活・就業支援事業所も運営している。

法人本部でもある「わたむきの里作業所」が建つのは、近江米でも有名な滋賀県日野町の田園風景の中である。綿貫山、水無山、竜王山等の山々に囲まれ、山から雪解け水が日野川を通じて流れてくる土地は肥沃であり、米作りには最適な環境だ。そんな立地特性を活かし、代表的な作業品目として本格的な「米作り」をおこなってきた。米を使った滋賀県名産の「鮒寿司」の製造も、この施設の名物である。

日野町に唯一の障害者就労施設として、行政と密接な連携を取りながら運営してきた。3障害合築であり、障害の種類や程度を問わず受け入れる、というのを基本方針とする。現在は重度身体障害者から、ADHD、アスペルガー、アルコール依存症患者に至るまで、さまざまなタイプの利用者を受け入れている。その結果、法人設立からわずか10年で、現在では100名定員の大きな障害者就労事業所に成長している。

蛍が舞う田んぼで栽培される安全・安心な米作り

さまざまな障害者が利用する「わたむきの里作業所」の中で、比較的障害程度が軽い人を対象とし、最も高い工賃を実現しているのは「第3作業所」の農業である。中心となるのはコシヒカリ・キヌヒカリ・あきたこまち等の生産だが、この他にも大豆や日野菜、無花果なども栽培する。

滋賀県というのは日本最大の淡水湖である琵琶湖を擁し、その水質保全の観点から行政・住民が一体になって環境運動に取り組んでいることで有名である。そのため独自に「環境こだわり農産物認定制度」を策定し、安全安心で環境に配慮して栽培された農産物に独自マークを推奨する活動を続けてきた。認定基準は「農薬・化学肥料が通常の5割以下」「濁水の流出防止など、琵琶湖・周辺環境への負荷削減」というものである。「わたむきの里作業所」で生産される米は、もちろんこうした基準に則っている。それどころか、基準以下のさらに厳しい条件で管理される田んぼには、蛍が舞っているらしい。

「現在の収穫量は、一年間で13.5トン。30kg袋にして約450袋ほどになりますね。収穫された米は、農協を通さずにすべて独自ルートで販売しています。おかげさまで、毎年ほぼ完売です。価格は少し高めなのですが(10kgのコシヒカリで4,000円程度)、町内だけでなく、全国からもたくさんの注文をいただいているんですよ。今の時代、安心安全で美味しいお米を求めているお客様はたくさんおられるのだと感じますね」

(写真提供:わたむきの里福祉会)

と語るのは、酒井了治副施設長(34歳)である。農業と聞くと一般的には「儲からない仕事」だと思われがちだが、販売ルートの確保さえできれば十分にペイする事業になるらしい。事実、「わたむきの里作業所」全体の平均工賃が17,000円程度の中にあって、農業班の月額平均工賃は34,000円(時給換算だと470円)以上である。しかも作付面積をもっと広げられれば、「最低賃金の支給すら十分可能」というのだ。

「もちろん私たちの農業がうまくいっているのは、土地柄もあると思います。高齢化を迎えた農家の人たちが離農されるケースが多いので、農機具を無償で譲り受けさせてもらえるのですよ。トラクターも田植機もコンバインも、離農農家からの寄付。購入したら1台で数百万円の投資になってしまいますからね。田んぼの管理にも人出がとてもかかりますが、それは私たちの得意とするところです。室内作業には適さないタイプの利用者たちも、外では毎日ハツラツと働いてくれています。ホントにみんな良い表情をしていますよ(笑)

滋賀県の伝統食品「鮒寿司」も製造

「わたむきの里作業所」の代表的な自主製品と言えば、自らが栽培した米に琵琶湖産の鮒を漬け込んだ「鮒寿司」だろう。滋賀県の伝統食品であり、全国的にも知らない人はないほどの有名な食品だが、障害者の福祉事業所で製造している例は県内でも意外と珍しい。

鮒寿司とは、塩漬けにした鮒をご飯に漬けこんで発酵させた「なれ鮨」である。材料には琵琶湖産のニゴロブナの子持ちメスがもっとも適しているといわれ、滋賀県の多くの家庭で保存食として作られてきた。最近は琵琶湖産の鮒が減少して高価になったことや、若年層の嗜好の変化から鮒寿司を漬け込む家庭は激減しているのが現状である。しかし今でも主に年配の人を中心にして根強い人気があり、滋賀県の特産品として欠かせない存在だ。

くさいはうまい』等の著書を持つ発酵学の権威・小泉武夫東京農業大学教授によると、「鮒寿司は、魚と米を乳酸菌などで発酵させる『熟酢』の一種。縄文時代から使われる調理法であり、日本が後世に残すべき文化遺産の一つである」という。酒井副施設長が鮒寿司の製造を始めることにしたのも、まさにこうした点に着目したからだ。「滋賀県内でも若い人たちの間では食べられることが少なくなった食品ですが、だからこそ私たちが作る意味があると思ったんですね。地域の食文化を守るのも福祉施設の大きな役割だと思いますので

一年間で漬ける量は、約150kg(700匹)である。作業所の中庭には16個の漬け樽が並び、発酵製品特有の香りを強烈に放っている。完成した鮒寿司は道の駅などでお土産として販売される他、毎年樽ごと購入していく固定客もいるらしい。一匹まるごとの一般的な鮒寿司「米に恋したふなこちゃん」(2,500円)の他にも、お試しミニパックとして「ワンコインふなこちゃん」(500円)等も発売し、これが観光客を中心に好評である。

「鮒寿司を食べてみたいけど、一匹まるごとはちょっと...という初心者のために、ミニパックを作りました。スライスされているので、そのまますぐ食べることができますし、お土産にも最適です。最近の鮒寿司は昔のものほど癖がないので、ハードルは低いと思いますよ。私たちの製品で、多くの人が滋賀県の伝統食品に親しんでくれれば嬉しいですね」

機能分化とアイデア事業で、より高い利用者工賃の実現を

米や鮒寿司の他にも、さまざまな自主製品が製造されている。低農薬・無消毒栽培の大豆から作られた「大豆生キャラメル」、「蒸し大豆」、「糖衣大豆」。北海道産のジャガイモから採取した澱粉を熱処理して作る「ポンせんべい」、地元産のお茶を加工した「緑茶ティーバッグ」、「竹炭消臭剤」や「安眠竹炭枕」などの竹炭製品、日野町の住民たちから回収した古着を再生して加工した「ウエス」等々。また、独居老人宅に弁当を宅配する「配食サービス」もおこなっている。これらの自主製品を作る農業班、せんべいお茶班、配食・厨房班、ウエス班に加えて、下請け作業班や療育班があり、それぞれ班ごとに独立採算で事業展開されているとのことだ。

酒井副施設長は語っている。「何が中心の作業かと聞かれると答えに困るほど、ご覧の通りいろんな仕事をしています。どれかに特化すればもっと効率が良いとわかっているのですが、いろんなタイプの障害者が混在しているのが私たちの施設の特色ですから。97名の利用者(現員数)の障害の種類も、程度も本当にさまざま。知的障害も身体障害も精神障害も、機能維持訓練や療育活動が中心の重度障害者まで受け入れています。彼ら一人ひとりの適応性を考えていくと、作業をできる限り細かく分け、班ごとの目標も明確にすることが大切だったのです」

一般的には、これだけタイプの違う障害者たちが一つの通所施設に共存していることはあり得ない気がする。なにしろADHD(注意欠損多動性障害)、アスペルガー症候群等、支援が非常に難しいとされる障害者だけでなく、近隣市からのたっての要望でアルコール依存症患者さえも受け入れているのだ。施設内におけるスケジュールのほとんどは機能維持訓練や散歩などの日中活動である重度心身障害者も多く、彼らの介護や訓練にマンツーマンで職員を付けるという手厚さである(法定基準は、最大でも1.7人に1人)。入所施設でもあるまいし、これ以上、生産活動の向上等を検討している余裕がないのが正直なところだろう。

「新しいタイプの利用者が来るたびに、職員の負担は増えていきますね。全ての障害種の勉強もしなくてはいけませんから、ホントに大変です。現場は悲鳴を上げていますよ(笑)。でも日野町唯一の障害者施設として、求められることはできる限り対応するのが私たちの役割でもあるのです。大きくなればなるほど仕事は増えますが、職員の数も増やせます。それで少しでも役割を分担し、負荷を軽減させていくしかないですね」(酒井副施設長)

重い障害ゆえに生産性が上がらない班のために、「楽して儲ける」アイデア事業を考えるのも大切である。代表株が、リサイクル事業といえるだろう。作業所の入り口には、24時間誰でも自由に利用できる無人のリサイクル資源回収倉庫が設置されている。ここに日野町の住民たちがわざわざ車でやってきて、古新聞・古雑誌・段ボールなどを置いていくのだという。その量たるや、1ヶ月で30トンにもなる。これらの古紙を業者に引き渡すだけ(業者が倉庫に取りに来てくれる)で、自動的に「わたむきの里作業所」には年間350万円の利益が転がり込んでくると言う仕組みである。まさに「塵も積もれば...」の典型例ではないか。この事業のおかげで、生産活動にあまり参加できない療育班の利用者にも月に平均4,600円の工賃を支払うことが可能になっている。

非常に効率の良い事業であり、行政や住民たちからも支持を得ている活動である。そのため今後はさらにリサイクル事業を拡充し、専用のエコドームを建てる計画も進行中とのこと。実現すると、現在の古紙に加えて、ビン、缶、ペットボトル、自転車、廃蛍光管、食品トレー等、家庭で不要になったさまざまな製品を回収することになる。滋賀県内では初の取り組みであり、話題を呼ぶことは間違いない。町内の一大リサイクル拠点として、今まで以上に多くの住民たちが集まってくることだろう。

「近江商人の三方よし」の精神で、地域を活性化

「近江商人の三方よし」という言葉がある。商取引においては、当事者の売り手と買い手だけでなく、その取引が社会全体の幸福につながるものでなければならない。近江商人たちは昔からそんな信念をもって商いを続けてきた。「売り手よし、買い手よし、世間よし」という「三方よし」の哲学は、現代で言うCSR(企業の社会貢献活動)の重要性を先取りしたものである。

酒井副施設長は、取材中さかんに「近江商人の三方よし」という言葉を使い、福祉施設のあり方について語ってくれた。

「ノーマライゼーションの町づくりという理念がありますが、これは突き詰めると地域啓発という意味だと思うのです。少なくとも私たちはそんな考えで、さまざまな事業を発展させてきました。米作りも、鮒寿司も、配食サービスも、リサイクル事業もそう。自分たちの利益だけでなく、大切なのは地域の人たちが喜んでくれるサービスであるかどうかです」

法人設立から約十年。地域住民との交流を目的として毎年開催してきたイベント「わたむきの里祭り」への来場者数が、今年はついに1,000人を超えたという。人口23,000人の日野町において、なんと1/20近くの人たちが集まった計算になる。町内が排出する古紙の1/3をリサイクル倉庫で集めている実績と共に、十分に誇れる数字といっていい。

わたむき流「施設よし、利用者よし、地域よし」の三方よしの考え方は、今後も滋賀県日野町において着実に浸透し、重要な位置を占めていくに違いない。蛍が舞う田んぼで美味しいお米を大切に育てているように、わたむきの里福祉会の活動は近隣地域を「福祉文化」で耕し続けているのである。

(写真・文/戸原一男)

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