社会福祉法人いわみ福祉会(島根県浜田市)

伝統芸能の神楽製品づくりを通じて地域社会とつながる「ワークくわの木」

社会福祉法人いわみ福祉会の概要

いわみ福祉会は、「桑の木園」(知的障害者入所更生施設・短期入所事業)、「ワークくわの木熱田事業所」(就労移行支援事業・生活介護事業)、「ワークくわの木浜田事業所」(就労移行支援事業・就労継続支援B型事業)、「ワークくわの木金城第1事業所」(就労継続支援B型事業・生活介護事業)、「ワークくわの木金城第2事業所」(就労継続支援A型事業・就労継続支援B型事業)、「こくぶ学園」(知的障害児施設・児童短期入所事業)、「杉の子作業所」(障害者小規模通所授産施設)等の障害者施設を運営する社会福祉法人である。

この他にも「らいふ」(地域支援センター)、「レント」(浜田障害者就業・生活支援センター)や「ウィンド」(島根県西部発達障害者支援センター)等の障害者支援業務や、「ミレ青山」「ミレ岡見」等の養護老人ホーム・特別養護老人ホーム、サポートセンター「ふかふか」に至るまでさまざまな福祉事業を展開している。

法人が拠点を置くのは、島根県西部の日本海に面した浜田市である。世界遺産に登録された石見銀山が有名な石見地域において、「地域の必要性に応じた」「地域とのつながり」を大切にした施設づくりを基本理念にしてきた。昭和40年代に地域の親の会が設立したいわみ福祉会は、昭和49年、知的障害者入所更生施設桑の木園を開設、現在では法人に所属する職員数だけで300名を超える規模にまで拡大し、地域社会との連携活動を繰り広げている。


  • 「きんたの里」内にあるワークくわの木金城第2事業所

  • 石見神楽上演風景

石見を代表する伝統芸能の石見神楽

いわみ福祉会が運営する四つの多機能型事業所「ワークくわの木」では、印刷・小物縫製(熱田事業所)、洋菓子製造・レストランカフェ運営・石鹸製造・紙布織(金城第1事業所)、県立大学レストラン運営受託・総合福祉センター喫茶レストラン運営受託・手作りパン製造販売(浜田事業所)・神楽衣装・蛇胴制作・染め物制作・神楽面制作・和紙生産・自然農法野菜生産・自然有精卵生産(金城第2事業所)等々さまざまな作業が営まれている。その中でも代表的な存在は、なんといっても「金城第2事業所」でおこなわれている神楽製品の製造だろう。

島根県浜田市というのは、旧石見国の中心地であり、「神楽の里」と呼ばれるほど神楽が盛んな地域だ。収穫期に自然や神への感謝を表す神事として神社で神官により奉納されていた石見神楽は、明治初頭に庶民に解放され、能・狂言・歌舞伎などの影響が加わって演劇性を増し、日本神話を題材とした演劇要素の強い伝統芸能となって現代に伝承されてきた。有志が集まって結成されるという神楽団は浜田市内だけでも50団体を超え、毎月のように各種公演が繰り広げられている。

近年では観光名所である道の駅や温泉会館、ショッピングモールのイベント会場等でも週末には定期公演が開催されており、市内のどこかから必ずお囃子の音が聞こえてくるという土地柄だ。子どもたちはこの賑やかなこの音色を「どんちっち」と呼び、物心もつかないうちから慣れ親しんでいる。老若男女を問わず、ほとんどの住民たちが神楽好きという石見地方独特の雰囲気はこのようにして培われてきた。

そんな地元の伝統芸能の衣装や神楽面等を、「ワークくわの木金城第2事業所」で制作しているのである。伝統工芸品づくりはこの地においてはもちろんニーズも高いが、非常に高度な職人技が必要である。本来は、素人が簡単に参入できる業種ではないはずだ。しかしほとんどの業者が家内工業であり、職人の高齢化による後継者不足が深刻なことも事実であった。これを知ったいわみ福祉会の室崎富恵理事長(75歳)は、「施設の利用者が伝統工芸品を製作できれば、技の継承による地域貢献と障害者の雇用支援の一石二鳥になるはずだ」と思いつき、30年以上も昔に小規模作業所(当時)の作業科目としてスタートさせたのである。

地域の支えで成長していった神楽事業

もちろん当初は、まったく商売にはならなかった。自身も神楽を舞っていたという経験が買われて佐々木善昭現所長(61歳)が数名の利用者と共に、見よう見まねで蛇胴を作り始めたのだが、所詮は素人の集まりに過ぎない。竹細工の経験すらなかった人たちが、お囃子に合わせて激しく動き回る蛇の胴体を作ろうというのだから、無茶な話ではある。竹の削り方が悪く、曲げると折れてしまう。厚みや幅など、熟練者でないとわからない微妙な感覚も知らず、いくら作っても「とても売り物にはならない」状態が続く。販売できる商品が作れるまでになんと15年あまりの試行錯誤を要している。

室崎理事長は、「神楽事業がなんとか軌道に乗ったのは、地元の人たちの全面的な協力があったからですね」と語っている。「伝統工芸品の制作には、職人の方々が代々受け継いできた高度な技術が必要です。理解をいただいた老舗や職人さんたちが、伝統の技の基本やヒントを私たちに教えてくださいました」。周りの協力に加えて、職員・利用者たちによる長年の試行錯誤。こうしていわみ福祉会の神楽事業の土台は、出来上がっていったのである。

時間をかけて着実に神楽作りの技術を磨いていった佐々木氏らの実績は、神楽団や神楽事業者たちの心を少しずつ動かしていく。蛇胴づくりに続いて、神楽衣装、神楽面、染め幕も次々に製作できるようになったのは、それぞれの職人が技術を提供してくれたおかげである。現在では神楽衣装や神楽面の製作には不可欠の石州和紙製造や、旗の染色まで内部で手掛けることができるようになっている。

支援の和の広がりは、行政をも動かした。旧・金城町(現浜田市)が町おこしの一環として掲げた「ふくし芸術村構想(老若男女・障害の有無に関係なくだれもが神楽や芸能・文化に親しみ幸せを共感できる地域)」によって神楽と福祉が結びつくことになり、1998年に建設されたリフレパーク「きんたの里」内に、「神楽ショップ/くわの木」が誘致されたのである。この施設は、地元の旬の食材や日本海の鮮魚、そして温泉が堪能できる複合施設であり、県内外から訪れる観光客も数多い。神楽ショップの開設に伴って制作工房を新たにこの地に移転することになり、利用者が神楽製品を作っている姿も気軽に見学できるようになった。敷地内に建設された別施設「桑の実工房」(主に※紙布織を製造)では、観光客が紙布織りの制作も体験できるようになっている。(きんたの里は、旧・金城町の第三セクターが運営する施設。現在は、市内の有志企業が共同会社を設立して運営を引き継いだ)

※紙布織...縦糸に綿糸、横糸に和紙でできたこより糸を使って織られた石見地方独特の布。「桑の実工房」では、花鳥風月の彩色を施し、テーブルセンターやコースターなどを製作している。

なんと事業規模は、神楽業界では最大規模

「ワークくわの木金城第2事業所」の現在のスタッフは、利用者や職員、パート等を含めてなんと総勢約80名。年商は、約一億円以上である。家内工業として3〜4人程度の職人たちが作業している事業者が多い中で、この数字は驚異的だ。他社と比較すると約10倍以上の従業員数のため、普通なら完成までに数年程度かかるとされる神楽衣装が、約6ヶ月程度の短期間で完成する。浜田近郊はもちろん、中国地方・九州および日本全国の神楽団からも注文が寄せられる所以である。

「現在のスタッフはみな、神楽が好きでたまらない人たちばかりなんですよ。なにしろ赤ん坊のころから神楽を見て育ってきていますから。利用者も職員もパートさんたちも、神楽を通じて一体となり、地域の伝統文化を支える喜びを満喫しています」と語るのは、サービス管理責任者の河崎奨課長(51歳)だ。利用者の職域拡大としてスタートした事業が、いまや地域の人々の雇用の場や地域伝統芸能を支える拠点に成長し、神楽を愛する人たちはもちろんのこと、働くことにハンデキャップのある主婦や障害者が自然と集まる組織になった。

営業活動は、石見地域に120団体、広島県北部に130団体、その他中国各県100団体、九州他100団体の神楽団や社中を個別に訪問し、芸に対する考え方・神楽団の展望・ニーズを伺うという顧客サービスに心がけている。見積作成のためにわざわざ遠くの客先まで出かけることも少なくない。「先方に足を運ぶことで団体の雰囲気や好みもわかってきますから、営業的にはメリットが大きいんですよ」と、渉(わたり)営業主任(38歳)。こうしたきめ細かいサービスが多くの神楽団から支持されて、着実に売上を伸ばしてきたのである。

営業案内と題する製品カタログには、「蛇胴・蛇頭」「煙火・手蜘蛛」「白衣・袴・足袋」「扇子」「奏楽(太鼓・笛等)」「鯛・酒盛・袈裟」「矛・刀」「巫女商品(天冠等)」「烏帽子」「小物縫製品」「かつら」「鎧」「金欄衣装」「刺繍」「染物(演目旗等)」等々、あらゆる神楽製品が並んでいる。神楽に必要な品物は何でも取り扱っている、まさに神楽の総合デパートだ。

製品の価格を見てみると、「蛇胴」は一頭(9スパン)115,000円、「蛇頭」は210,000〜230,000円である。全面に細かな手縫いの刺繍が施された神楽衣装である「刺繍打掛」になると、一着で100万円〜300万円という超高級品になる。これらの製品を、さまざまな神楽団や神社が支援者から集めた資金や各種助成金(伝統民芸支援)を活用して発注してくるのである。障害者施設の事業としては、その製作物の質・価格共にずば抜けた存在であるといっていいだろう。徹底した「高技術」「高品質」にこだわるこれまでの金城第2事業所の製品作りが、伝統を重んじる神楽業界の中にあっても十分通用するようになった。

結果として、利用者に対する給与・工賃はA型事業所(神楽工房)が最賃保証の93,000円、B型事業所(神楽ショップ:42,000円 エクス和紙の館;36,000円 養鶏リサイクル;23,000円)という数字を実現した。いわみ福祉会の中でも、神楽事業の工賃はもっとも高い水準を維持し続けている(他事業の平均工賃は、20,000〜23,000円)。室崎理事長が当初から唱えていた「伝統工芸の継承と、障害者の職業自立」という構想は、三十数年の着実な積み重ねによってまさに現実のものとなったのである。

さらに地域に根ざした社会福祉法人をめざす

いわみ福祉会では神楽事業以外にも、洋菓子ショップ「トルティーノ」・レストラン&喫茶「カフェジーノ」・手作りパン「プチマタン」や、県立大学構内「カフェテリア」「ビューライン」・総合福祉センター内喫茶レストラン「わかくさ」等の飲食店を運営したり、農作業や養鶏等、食品事業にも力を入れている。地域の人々にホンモノの食品を提供するのがモットーであり、飲食店で使われる食材は金城第2事業所が生産している有精卵や低農薬野菜が中心だ。


  • 有精卵をたっぷり使ったふわふわのオムライス

  • カフェで出されるカプチーノアートも、利用者の力作だ。

「カフェジーノ」では有精卵をたっぷり使ったふわふわオムライスを名物料理として提供し、観光客から大好評である。「トルティーノ」は流行のロールケーキを中心にして地元の人気店になりつつある他、近くの刑務所からクリスマスケーキとして1,000個単位の発注も受けた。「ワークくわの木浜田事業所三隅工場」で作られるジュレ(ゼリー菓子)はセブンイレブンでの販売が決定し、ギフトカタログに掲載されるなどの効果で90,000個の販売実績を作ったという。神楽だけでなく、食品事業も好調のようだ。

最後に、室崎理事長に法人の将来構想を伺ってみた。「今後取り組んでいきたいのは、職業リハビリセンターと知的障害者のための老人ホームの建設です。さらに言えば、観光牧場や観光農園、福祉ペンションまでぜひ実現してみたいですね。やればやるほど、夢は広がっていきます。いつまでたっても、尽きることはありませんよ(笑)」。地域のニーズにあった事業を展開し、地域の人たちと共に、より住みよい社会を作り上げていく。いわみ福祉会がめざしているのは、まさに社会福祉法人の理想像なのかもしれない。

考えてみると、「神楽ショップ/くわの木」が建っている「きんたの里」は、食と健康をテーマとした温泉宿&総合エンターテイメント施設である。食事に使われる野菜は地元の農家で採れた産直野菜が使用され、野菜の直売もおこなわれている。もちろん施設はバリアフリー対応であり、障害者が伝統工芸品を製造する様子の見学(ワークくわの木金城第2事業所)や障害者が働くレストラン(カフェジーノ)で食事もできるようになっている。「観光農園や福祉ペンション」という将来構想の下地は、もはやすでに完成されているわけである。地域に根ざした施設運営の典型例として、ぜひとも今後も成長拡大を続けていってほしいと思う。

(写真・文/戸原一男)

*この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時()のものです。予めご了承ください。