社会福祉法人倉敷市社会福祉事業団(岡山県倉敷市)

蔵の街・倉敷で、伝統的な手工芸品を地道に作り続ける「ふなぐら荘」

倉敷市社会福祉事業団の概要

倉敷市社会福祉事業団は、「あさひ園」(生活保護授産施設・基準該当就労継続支援B型施設)、「倉敷授産場」(社会事業授産施設・基準該当就労継続支援B型施設)、「くれたけ荘」(身体障害者入所授産施設)、「ふなぐら荘」(就労継続支援B型施設)等の就労支援施設を運営する社会福祉法人である。

法人の前身となるのは、1948年に設立された「倉敷市済世援護会授産場」である。終戦後の混乱期に主として生活保護法による被扶助者の自立更生を図る目的で、地元民生委員による発案と善意による出資で設立された。その後の社会情勢の推移に伴い、生活保護者だけでなく障害のある人たちも支援の対象となり、次々と事業を拡張し、現在のような組織が作られていった。

作業品目としては、「あさひ園」が木工芸品製作・自動車部品加工・軽作業、「倉敷授産場」が自動車ゴム部品加工・軽作業、「くれたけ荘」が漆器製作・印刷製本・自動車部品加工・軽作業、「ふなぐら荘」が手工芸品(レーザークラフト&七宝焼)・縫製加工・軽作業等となっている。

蔵の街・倉敷の美観地区で大人気のレザークラフト

ところで、倉敷といえば蔵の街。江戸時代の名残を残す情緒豊かな建物が連なる町並が有名な観光名所である。とくに美観地区と呼ばれるエリアは、土蔵に加えて明治時代に建てられた近代的な洋風建築物と倉敷川沿いに植えられた柳並木・・・。そんな懐かしい風景の中に、町家風の喫茶店、土産物店、飲食店が建ち並び、和と洋、レトロとモダンが絶妙にマッチする独特の雰囲気を醸し出している。

「ふなぐら荘」の手工芸品は、そんな土地柄の中で設立当初から作られてきた歴史ある製品群だ。利用者にレザークラフトを教えるのは、若い頃からこの作業を趣味として続けてきたという小林あつ子講師である。もともと倉敷市内の福祉の店でボランティアをしていた彼女は、「ふなぐら荘」の事業スタートと同時に、作業指導を任されるようになった。自分の趣味が障害者の役に立つなら素晴らしいという意義を感じ、20年以上もずっと革細工の作業指導をおこなっている。

「手に障害がある方が多いので、最初はどうなることかと心配していました。レザークラフトの仕事は、とても細かい作業が多いですからね。なるべく利用者たちの立場に立って道具の使い方をアドバイスしているつもりですが、最終的には本人が工夫するしかありません。重度の麻痺を持っている利用者でも、一生懸命努力して私が驚くくらいに上達してくれました。初めの頃はいらいらして途中で放り投げちゃう、なんて娘もいましたけど。いまでは私が作業に手を貸すことはほとんどありません。納期に間に合わせるために、私自身が必死になって製品を作っていたなんて、遠い昔の話ですよ(笑)

製品の種類としては、札入れ、小銭入れ、キーケース、印鑑入れ、眼鏡ケースといった典型的なレザークラフトから、ふくろうキーホルダー、イヌ携帯ストラップ等のオリジナルキャラクターグッズに至るまで、さまざまなアイテムがある。レザークラフトというと地味なデザインの製品が多い中、明るめの色使いや可愛らしいグッズ類が多いのも印象的だ。

「そうですね。今の時代、シックな感じのレザークラフトというのはお客さんに敬遠されがちですからね。個人的にはアンティークな雰囲気が好きでも、売れなくては意味がありません。『色は、もっと明るく、明るく!』と、いつもみんなに言っています。倉敷を訪れる観光客というのは比較的女性が多いので、可愛いキャラクターの革細工はお土産品にも大好評なのですよ」

七宝焼は、国際的な展覧会でも受賞歴のある工芸作家が指導

手工芸品のもう一つの柱である七宝焼を指導する丸山昌子講師の工芸作家としての経歴は目を見張るものがある。国際七宝東京展奨励賞、現代工芸美術展現代工芸賞、中国会展奨励賞、日本七宝作家協会関西展造幣局長賞、岡山県美術展覧会県展賞等、七宝焼のさまざまな展覧会での受賞歴があるだけでなく、ジェエリーコンテスト ラ・ポーラ、アートクレイシルバーコンテストといったアクセサリー関係の大会でも何度も入選歴を持つ工芸作家なのだ。

そんな彼女が「ふなぐら荘」に関わるきっかけとなったのは、母親の影響だという。丸山講師の母親が、レザークラフトの小林あつ子講師と同様に施設の立ち上げの時から七宝焼の指導に関わっていたというのだ。早くに他界された母親に代わって、十年前から月に2回の頻度で作業指導を引き受けているのである。

「七宝焼というのは、誰でも簡単に取り組める作業なのですよ。初心者向けの教室を開催すると、2時間くらいの作業で誰でも自分の作品を仕上げることができます。電気炉で焼く時間も、2分ぐらいしかかかりません。障害者でも比較的取り組みやすい仕事だと思いますよ。基本的には私が描いた下絵を元に作業してもらうのですが、利用者によって完成品がまったく違ったイメージになって面白いですね。その人の性格が、製品にそのまま反映されるのです。優しい感じとか、堂々としたイメージとか、賑やかな雰囲気とか。動物の目の大きさが違うだけでも、まるで印象が変わってきますからね。それがまた『ふなぐら荘』の七宝焼の特徴でしょう。いろんな人が制作に参加していて、一つとして同じものはありません。それぞれをじっくり比べてみて、お好みの製品を選んでほしいです」

七宝焼きには、ブローチやペンダント、指輪などのアクセサリー類だけでなく、七宝焼の額付絵画もある。工芸作家としての丸山講師自身の作品を倉敷アイビースクエア内「愛美工房」で販売している関係で、「ふなぐら荘」の七宝焼も扱ってもらっている。可愛いキャラクターピンバッジ等のアクセサリーはもちろんのこと、美観地区の風景を描いた七宝絵画も記念品として人気商品になっているらしい。このような製品に注目が集まるのも、レトロな雰囲気が売り物の街・倉敷ならではというところだろう。

マイペースで作業を進める「ふなぐら荘」の利用者たち

手工芸作業に携わる利用者たちの声を聞いてみた。

「七宝にも、レザーにも関わっています。20年間、ずっとこの仕事を続けていることになりますね。仕事をしてから変わったことですか? 昔はカワイイものなんてまったく興味がありませんでしたけど、『ふなぐら荘』で手工芸品を作るようになってから、だんだん見る目が違ってきましたね。町中の雑貨屋さんとかに入ると、女の子たちが喜びそうなものに自然と惹かれるようになってきたのです(笑)。そんな市場調査を元にして、普段の製品作りにも活かせるようにしています」(板野秀樹さん)

「主にレザーの仕事をしています。皮に刻印していくなど、細かい作業が多いですから、仕事をした後はやはり体は疲れますね。昔よりどんどん疲れがたまっていくみたいです。たまに失敗したら、作業が面倒くさいなーと思うときもありますけどね(笑)。基本的には体が大切ですから、マイペースでやっていくしかないですよ。まわりの人が10個作るところを、私は5個くらいしか作れないかもしれない。それでも体が動く限り、コツコツと私なりのペースでこの仕事を続けていきたいです。満足できる製品を作れたときの喜びは、他には代えがたいですからね」(石井純生さん)

お二人のように「ふなぐら荘」の利用者たちは、設立時からずっと長い間通い続けている人が多い。そのためレザー・七宝焼とも、その技術や知識は非常に優れている。重度の障害を抱えるがゆえに生産性は決して高くはないが、丹念にモノづくりに励む姿は「仕事をする喜び」に充ち溢れている。そんな彼らの働く場を守っていくことも、施設としての重要な仕事と言えるだろう。

「ふなぐら荘」の歴史ある手工芸品は、ずっと続けていきたい

現在の製品販売先は、倉敷のメイン観光地である美観地区の倉敷館(観光案内所)や倉敷アイビースクエア内「愛美工房」の他、イオンモール倉敷内の福祉ショップ「あゆみ」、くらしき健康福祉プラザ、イトーヨーカドー岡山店内の福祉ショップ「テルべ」、中国自動車道・勝央サービスエリア(上り線)内のセルプ製品販売コーナー等である。黒川敬子指導員は、今後の販売先開拓について次のように語っている。

「おかげさまで多くのお客さんやお店の方から、『一般の製品と比較しても見劣りしませんよ』と高く評価していただいています。今後の課題としては、製品を取り扱ってくださる協力店をもっとたくさん増やすことでしょうね。そうすれば、自然と結果はついてくる気がします。お土産品だけでなく、企業や団体の記念品への販路開拓も大切なポイントです。20年前にパレット(中央授産事業振興センターが運営していた、障害者施設のアンテナショップ)が発行したオシャレな通信販売カタログに『ふなぐら荘』のペンケースが掲載されて、びっくりするようなロットの注文が来たことがあると聞いています。ぜひ今後も、そんなチャンスを増やしていきたいものです」

物部正史荘長も、手工芸部門は施設としての重要な事業の柱だと断言する。

「利用者平均工賃の向上という観点だけ考えれば、もっと利益のあがる軽作業中心に思い切って事業転換した方がいいという意見もあるかもしれません。でも私は、長い時間をかけて利用者たちが培ってきたレザークラフトや七宝製作の技術を無駄にするべきではないと思うのです。彼らの仕事に対する誇りや喜びを大切にしてあげたいですからね。伝統ある製品作りを、これからもずっと守っていきたいと私は考えているのですよ」

もちろんそのためには、職員たちの営業活動へのより一層の努力が求められている。本当に素晴らしいレベルのクラフト製品を作っている。そのこと自体は間違いない。「ふなぐら荘」の製品群が、倉敷の街を越えて全国の人たちの目にとまる機会が増えることを、ぜひ期待したい。

(写真・文/戸原一男)

*この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時()のものです。予めご了承ください。