社会福祉法人三彩の里(長崎県大村市)

三彩の里は「ものづくり」を通じて、豊かな人間性を持つ人々を育てるのがモットー

三彩の里の概要

三彩の里は、就労継続支援事業B型(知的・身体・精神障害者)・就労支援移行事業(知的・身体・精神障害者)・生活介護事業(知的・身体・精神障害者)を運営する社会福祉法人である。定員50名の入所施設(施設入所支援事業)を併設する他、ショートステイ、グループホームの運営も手がけている。長崎県の障害者施設の先駆け的存在であり、離島が多い長崎という地域特性ゆえ入所支援にも力を注いできた。

施設が建っているのは、長崎県大村市の琴平岳の中腹だ。昔みかん畑だった土地を造成したというこの土地は、「三彩の里」という名に相応しく樹木が生い茂った素晴らしい環境である。昔懐かしい藁葺き屋根の陶房や鳥たちの囀りが、来客を癒しの世界に出迎えてくれる。

作業の中心となるのは、陶芸活動である。法人の創設者である江口洋氏(故人)が「秀山窯」を開き2代目「秀山」を名乗る陶芸家でもあったため、その事業内容は一般的に想像される障害者施設のレベルを遙かに超えている。氏が長年かけて現代に甦らせたという「長崎三彩」なる商品を武器にして、本格的な陶芸事業を営んでいるのだ。

陶芸の他にも、近年では箱の組み立てなどの軽作業や食品加工(パン製造)、さらに施設外作業として弁当工場などへの派遣や喫茶店の接客などの作業品目も実施されるようになってきた。

幻の「長与三彩」を現代に甦らせた「長崎三彩」とは?

しかし三彩の里という施設を説明するためには、まず最大の売り物である「長崎三彩」について語る必要があるだろう。そもそも三彩という陶器は、低火度溶融の色釉を施した陶器のことを指す。中国唐代の唐三彩で技法的に成熟し、ペルシア、エジプトなどでも製造されてきた。日本でも奈良三彩などが作られている。唐三彩の多くが黄・緑・茶色の三色を使っていたためにこの三色=三彩カラーであると誤解している人が多い。正確には、きらびやかな多彩陶というのが正確な定義であり、二色もあれば四色のものもある。

長崎県には、江戸時代に大村藩内で作られていたと言われる幻の三彩があった。大村藩長与村の「長与三彩」である。幻と言われるのは、誰が作ったのか、その数や時期についても正確なことはいまだにわかっていないためだ。唯一、長与地区のお寺や庄屋などに現物が数点残されている。陶芸家・江口洋氏は、この「長与三彩」を現代に甦らせることを自身の作家活動の中心に据え、長年かけてその色彩を再現することに成功した。この三彩陶器を「長崎三彩」と名付け、地元の名産品として広めていくことにしたのである。作家としてだけでなく、陶器を販売する事業家としての才にも長けていた氏は、1961年に「長崎三彩」の製法特許と商標登録を済ませている。

栄華を誇った盛唐期に王の墓に入れる装飾品(副葬品)であったと言われる三彩陶器。窯の中で焼けて溶け出していく秞薬の流れ具合が独特の美しい風合いを醸し出している。もともと装飾品として重宝された三彩陶器だが、「長崎三彩」はこれを日常食器として扱えるようにアレンジした。具体的には窯で焼く温度を1.4倍にまで高温にしている。これによって美しく、かつ日常の使用にも耐えるオリジナルの三彩陶器が完成したというわけだ。

陶芸の専門家が運営する三彩の里の陶芸事業

江口洋氏が社会福祉法人三彩の里を大村の地に設立したのは、1977年のことである。自身が病気(胃癌)を煩い、医者から残り少ない人生であることを宣告されたのがきっかけで、陶芸家・事業家としてのノウハウを障害者施設の運営に注ぐことを決意したらしい。息子であり現理事長でもある江口司氏(59歳)が、結核性股関節炎という下肢障害があったことも影響しているのかもしれない。

司氏は、「それまでは親元から遠く離れた東京にいて自由気ままな生活をしていましたが、親の一大転機をきっかけに仕方なく陶芸を勉強し始めました。父の知人である多治見や九谷の有名な窯元に修行に出たんです」と語っている。それまでまったく親の仕事には興味を持たなかったというが、祖父の時代から引き継がれた才能はすぐに開花。父が極めた三彩陶芸の技法を受け継ぎ、日本伝統工芸展入選、アテネの国際展入選他、数々の受賞歴を誇る陶芸家となり、三代目「秀山」を名乗るまでになった。

そんな陶芸家親子が運営する施設であるだけに、二人の指導を受ける利用者の技術も相当なものだ。創設期メンバーたちの中には、長崎県展やながさき陶磁展に毎年入選を果たす強者たちが名を連ねていた時代もあったらしい。その中でも代表的な存在が、田嶋良治さんだ。ながさき陶磁展で読売新聞社賞を受賞し、全国的な展覧会である一水会陶磁展でも入選。そんな功績をたたえ、彼の故郷で個展も開催した。進行性の病気(筋ジストロフィー)のためすでに引退した身ではあるが、三彩の里の利用者にとって現在でも憧れの存在であることは間違いない。

作業指導員も、陶芸の専門家だ。陶器のことをまったくわからない人では、日常的な作業指導にも差し障りがあるため、せめて三年は勉強した人しか採用しないことになっているらしい。現在陶芸班で中心的に作業指導をおこなっている山川賀代指導員(24歳)も、地元の専門学校を経て三彩の里に参加した一人。「有田窯業大学校で、陶器の勉強をしてきました。卒業後、地元にこんな施設があることを知って就職したんです。福祉のことはまったく知識がありませんでしたけど、この仕事には一般の企業にはないやり甲斐があります。片麻痺の方が多いので、その人にあった道具の工夫とか、作業工程の分割とかを考えるのが私たちの大切な役割です。工夫によってどんどん進歩していく姿を見ているのは、本当にうれしいですよ。一緒に作った製品をイベントで販売できたときの歓びも格別なものがありますね」と、笑顔で語ってくれた。

こうした優秀な人材がそろうのも、トップに陶芸家として尊敬できる江口理事長という存在が控えているからだろう。現場の指導者のレベルが高くなければ、いつまでも理事長自らが作業指導を行わなければならない。三彩の里では、日常レベルでの作業管理は現場に任せられる体制が整っている。

時代の変化に合わせた事業活動の変化

そんな陶芸の専門家集団・三彩の里も、時代の経過とともに施設運営の変革を求められている。原因となったのは、近年における陶器業界の壊滅的な打撃だ。バブルがはじけ、中国から大量に安価な陶器製品が輸入されるようになってきた。さらに百円ショップの普及である。陶器業界はこれら三つの要因によって、今や深刻な事態に陥っている。「長崎三彩」というブランドを持つ三彩の里とて例外ではない。最盛期には三千万円あったという売上高も、約半分にまで落ち込んでしまったのが現実だ。

加えて利用者のニーズも多様化してきた。開設当初は懸命にコツコツと努力を重ね、長い年月をかけて技術を磨いていく専門家集団であったものの、最近の利用者は即効的な効果やより高い工賃を期待している。創設当時の志は変えるつもりはないものの、時代に即した変化も必要になってきたのである。

そのために企業からの下請けである箱の組み立て等の軽作業や、施設外に働きに出かける施設外作業を新しい作業品目として取り入れてきたが、さらに2004年4月から食品加工事業を新設。パン工房「Bonne」を、陶芸工場の横にオープンした。パン製造を新しい作業品目として決定した理由について、江口理事長はこのように説明している。

「陶芸という芸術活動は、いわば自己表現の場。普段自分の考えをなかなか発表する場のない障害者が陶芸活動を通じて自己表現できるのは素晴らしいことなんですが、どうしてもお金になりにくいという側面も持っています。これは、障害のあるなしに関係ありませんけどね。陶器なんて、同じ人がそう何回も買ってくれるものではありません。それに対して、食品は嗜好品でしょ。パンなどは、陶器と違って美味しければ毎日でも買っていただけますし。より実利的なものを求める利用者のニーズに合わせるためには、陶器とは正反対な作業品目を取り入れる必要がありました。陶器もパンも、同じ窯で焼くことには違いありませんしね。イヤ、これは冗談ですけど(笑)」。

パン工場の設立により、施設内のムードは一新した。陶器製造という作業は地味であり、どちらかというと暗い雰囲気が漂っていたが、雰囲気が一挙に明るくなったという。パンが焼き上がる美味しい臭いが施設内に漂うことで、これだけ変わるものかと驚いたという。仲間が焼いたパンは週に一度給食に出されるし、作業終了後には誰でも売店で買って食べることもできる。入所施設で暮らす利用者にとって、新作パンを買って食べるという行為自体がささやかな生活の刺激となって楽しんでいるようだ。

パンの販売は地域の施設や学校などの給食への提供が中心であり、各種イベントへの出店販売もおこなっている。まだスタート間もない事業だが、昨年度の売上は600万円を超えた。年々2割増で売上も伸びており、施設の目玉事業として成長するのも時間の問題かもしれない。工賃比較では、陶芸班のメンバーが月平均10,000円であるのに対して、パン班は15,000円となった。

地域に開かれた活動を実践する

三彩の里では、毎年春と秋にそれぞれ「陶器まつり」「彩りフェスタ」と題するイベントを開催している。地域の方に施設を訪れていただき、交流と理解を深めることが目的である。とくに春の陶器まつりは、五日間の開催で約5,000人を集客する。三彩の里で制作された各種陶器やパンの販売はもちろんのこと、陶芸教室コンクール、野外コンサート、窯出オークションなどの催しも満載で、家族そろって楽しめる内容となっている。

今年で19回目を迎えた陶芸教室コンクールには、子どもから大人までたくさんの陶芸初心者が参加。理事長をはじめとする芸術家たちがその作品を、独自の観点から評価する。普段は勉強があまりできない子どもたちの方が発想力豊かな作品を作ることが多く、この時ばかりは彼らがコンクールでも各種の賞を独占することになる。そんな子どもたちの中には、現在では地元を代表する議員となっている人もいるというから驚きだ。「芸術教育を通じて、人々の豊かな人間性を育みたい」いう三彩の里の理念が、このようなイベントを通じて実現しているわけである。

普段でも陶芸体験教室と題して、地域の人たちにいつでも陶器の制作指導を受け付けている。講師の指導の下にマグカップや湯飲み等を制作し、乾燥・素焼・絵付けまでを体験する。窯入れされた完成品は数週間後に届けられるというシステムだ。学童クラブや地域のお年寄りたちに好評で、年間約3,000人の人々が参加するという。三彩の里の利用者も、この時ばかりは陶芸素人のお客さまに対する講師役として大活躍するのだ。

現在は苦しい状況が続く陶芸事業ではあるが、今後も三彩の里の基本事業であり続けることは変わりない。日本は今、格差社会の拡大による競争原理の激化、人間性の崩壊という悪循環に陥っている。このことに対する反省が、最近になって芽生え始めたところだ。もっと豊かな心を持った人材を育てることが、実は社会にとって一番大切なことなのではないか? 三彩の里のさまざまな芸術活動は、そんなことを私たちに訴えかけてくれる。「時代は間違いなく、私たちがめざしている方向に向かってくるはずです」と、江口理事長。どんな時代にあっても、陶器を中心としたものづくりによって豊かな人間性を育み、人が生きる喜びを伝えていく。それが三彩の里の確固とした信念であり、施設運営の基本なのである。

施設内に設置されている直売所。長崎三彩の数々を購入できる。

(写真・文/戸原一男)

*この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時()のものです。予めご了承ください。