社会福祉法人八幡会(長崎県南島原市)

魚の養殖を通じて、地域とのつながりを強める「あかつき学園」

八幡会の概要

八幡会は、あかつき学園(生活介護事業・就労移行支援事業・就労継続B型事業・施設入所支援事業)、あけぼの学園(生活介護事業)等の障害者支援施設を運営する社会福祉法人である。この他、グループホームむなかた、ケアホームあさかぜ、相談支援事業所はちまん といった障害者福祉サービスや、八幡保育園、デイサービス宮、生活支援ハウス杜等、児童から老人に至るまでのさまざまな福祉サービス事業も展開している。

法人唯一の就労系事業所が、あかつき学園だ。近隣のアパレルメーカーの下請けとしての被服作業(製品のアイロンかけ、たたみ、袋詰め、ラベル付け)と水産作業を主な作業品目とし、近隣企業への職場実習や一般就労にも力を入れている。利用者の地域移行を積極的にすすめるために、地域住民との密接なつながりをつねに考えながら活動している施設なのである。

  • 八幡会 全景
  • 被服作業風景

全国唯一? ユニークな魚の養殖事業

あかつき学園の最大の特色は、なんといっても魚の養殖事業だろう。全国の障害者就労施設で多種多様な事業が展開されている中で、さすがに魚の養殖というのは聞いたことがない。間違いなく唯一の作業品目のはずだ。この事業アイデアを出したのは、同法人の志賀稔理事長(77歳)だった。創設以来ずっと被服作業を中心に事業展開してきたが、施設のまわりには島原半島を見渡せる素晴らしい海が広がっている。なんとかこの大自然を活かした仕事が生み出せないか。そう考えた志賀理事長は、養殖事業を展開するための権利を個人で取得。法人単位では参加できないため自ら漁業組合の組合員となり、あかつき学園の新たな事業をスタートさせたのである。

とはいっても、水産業に詳しい職員など法人内には一人もいない。そこで実家が漁師だったという福田勝幸総務部長(49歳)が新卒の職員としてスカウトされ、水産部門を任されることになった。福田さんは当時のことを、次のように振り返る。

「いくら親が漁師だといっても、養殖業についてはまったくの素人。詳しいことは何も知りません。しかも当時の私は、高校を卒業したばかりの18歳の青年ですよ(笑)。利用者支援も含めて、すべてがわからないことだらけ。小型船舶2級操縦士の免許すら持っていませんでした。ですから、養殖業に関するほとんどすべての仕事内容は、地域の漁師さんたちが師匠です。魚のエサの与え方、ロープの結び方、生け簀のアミの修理の仕方、等々...、基本的にあらゆることを一から教えていただきました」

教えてもらうお礼として福田さんは、連日のように漁師たちの仕事場に出入りし、力仕事などの雑用を手伝っていた。もちろん利用者たちも一緒である。愛想の良い彼らの笑顔が漁師たちの心をなごましたこともあり、福田さんたちはさらに多くの専門的ノウハウも享受してもらうようになる。かくして少しずつ養殖業のイロハを学んでいき、試行錯誤しながら海の生け簀で魚を稚魚から育てていった。一台から始まった生け簀が、現在では八台にまで増え、年間で約18,000匹の鯛やシマアジなどを出荷するまでになっている。

  • 魚の養殖事業 スタッフ画像
  • 魚の養殖事業

魚の養殖は、天候との戦い

魚の養殖というのは、天候との戦いでもある。なにしろ天然の生け簀は、港から小型船で10分ほど要する海上に設置されている。天気の良い日なら潮風を浴びながらの作業も爽快だが、そうとばかりは限らない。風や雨が強い日には、非常に危険が伴う現場である。福田さんは説明する。

「台風など、相当の嵐にならないかぎりは基本的に毎日、海に出て行きますね。風が強いと船も揺れますし、生け簀の作業場はなおさらです。足場も悪くなりますから、エサを撒く作業中に海に落ちてしまうことも稀にあるのです」

もちろん救命具を付けての作業であるため、万一海に落下しても命に危険はない。落下した場合に備えた訓練も、夏場にはしっかりおこなっているのだという。ここで働く利用者たちの仕事は、八台の生け簀で育てる魚へのエサ撒きと、魚の出荷業務(生け簀から船の水槽への引き上げ)、そして日焼け防止用の巨大な網の取り外し(エサ撒きの後は、網を再度付け直す)などである。波で大きく揺れる場所での作業であり、体力があってかつ、機敏に動けないとつとまらない仕事だ。網を結ぶには、すべて結び目の左右に均等な力がかかるように、「まき結び」を用いなければならない。

  • 生け簀から船の水槽への引き上げ
  • エサ撒き

「まき結びをマスターしないと現場には出られないので、これが一番利用者にとってハードルが高い作業です。丘の練習では上手くいっても、波で揺れる生け簀の上では結べない場合もよくあります。人にもよりますが、完全にマスターするのに早い人で1ヶ月。遅い人だと一年くらいかかる場合もありますね」

と、福田さん。生け簀一台の中に約3,000匹が泳いでいる魚へのエサ撒きも、非常に体力を使う仕事のようだ。ベテラン利用者の松尾誠さんなどは、毎日の作業で手首のスナップが非常に鍛えられている。その結果、障害者のフライングディスク大会でつねに好成績をおさめるようになった。今年(2014年)の11月に開催される全国障害者スポーツ大会(長崎がんばらんば大会)の出場も決定し、優勝めざして日々頑張っているのだという。

地域交流の窓口としての水産業

水産部で働く利用者たちは、誰もが人なつっこくて明るい笑顔を振りまいている。取材中も、カメラを向けるとポーズをとることはもちろん、船から下りると自然と集まってこちらが要求する前に記念撮影の体制を整えている。つねに自分たちで仕事の順序を考えて行動してきた結果、独自の判断力が身についてきたのだろう。志賀広子施設長(54歳)も、彼らのことを感心したように語っている。

「水産部を経験した人たちは、どこでも即戦力で働けるようになりますね。なにしろ動きが機敏ですし、自分で仕事の段取りも考えて行動できます。挨拶をしっかりするなど、まわりとコミュニケーションをとる能力もついているので、一般企業に実習に行くとすぐ就職が決まってしまうのです(笑)

養殖業のイロハを教えてもらった近隣の漁師とも、今では利用者たちはすっかり溶け込んでいる。繁忙期になると、漁師たちから「手伝ってほしい」と声がかかるほど頼りにされる存在なのである。こうした風景を見て、志賀施設長は養殖業を始めて良かったと改めて思ったという。

  • 地域交流
  • 地域交流

「魚の価格が暴落しているのに、軽油代は上がり続け、船や生け簀の維持費も非常にかかります。台風が来て生け簀の網に穴が空くと、何千匹の魚が逃げてしまう事故もある。残念ながら、養殖業そのものは事業的にはほとんど利益がでていません。けれども、地域交流という点において非常に重要な活動を担っています。入所施設が中心のあかつき学園も、これからは通所のニーズが高まってきましたし、一般就労を希望される利用者も増えてきました。日頃から養殖業で地域の人たちと交流を深めているからこそ、問題なく次のステップに進むことができるのです」

地域の祭りにはトラックで魚を大量に持ち込んで、参加するのが恒例となった。巨大な水槽の中に鯛を50 匹以上も入れて、金魚すくいならぬ「鯛つり」の出店をだすのである。1回500円で鯛釣り放題のこのイベントは、いつでも子どもたちや親御さんたちから大人気。あかつき学園名物の「鯛すくい」として、すっかり定着した。

このように、今や養殖業は地域との接点に欠かせないものになっている。保育園児やお年寄りを対象としたミニクルージング、養殖場でのエサやり体験も、人気が高い活動である。社会福祉法人による社会貢献活動が求められている現在、「魚の養殖」という独自事業を活用したユニークな事例といえるだろう。設立から47年が経ったあかつき学園は、新しい時代に求められる施設像は何かを探りつつ、地域との共存をテーマにした活動に挑んでいる。

(写真・文/戸原一男)

*この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時()のものです。予めご了承ください。