社会福祉法人睦会(岩手県遠野市)

「工賃確保」と「働く喜び」という2つのテーマに挑む「石上の園」

睦会の概要

睦会は、遠野コロニー(就労継続支援B型事業、生活介護事業、施設入所支援事業)、石上の園(就労継続支援B型事業、生活介護事業、施設入所支援事業)、多賀の里(就労継続支援B型事業)等の障がい者就労支援事業所を経営する社会福祉法人である。

この他にも、結和(多賀の里の従たる事業所:地元野菜の直売所、お食事処、食品加工場)、せせらぎ(遠野コロニーの従たる事業所:生活介護事業)、ほほえみ(民家を借り上げた6棟のグループホーム)、はばたき(24時間対応型グループホーム)、らいと(相談支援事業所)等も運営する。

法人が運営する3つの就労支援事業所は、もともと障がい種別ごとに分けられてスタートした入所授産施設だった(旧制度時)。遠野コロニーが身体障がい、石上の園が知的障がい、多賀の里が精神障がい...といった区分けである。歴史的にもっとも古いのは1978年設立の遠野コロニーだが、それから18年後に設立された石上の園が利用者定員85名ともっとも大きな規模の事業所になった。

  • 石上の園施設外観
  • 菌床しいたけ栽培1

利用者ニーズに合わせたさまざまな事業を展開

石上の園では、① 農産園芸(菌床しいたけ・菌床きくらげの栽培)、② クリーニング(高齢者施設のリネンサプライ等)、③ 製品加工(企業からの下請け作業)、④ 資源再生BDFの精製、アルミ缶・スチール缶、ペットボトルの再生)、⑤ 印刷(手ぬぐいやタオル等へのシルクスクリーン印刷)、等々の幅広い生産活動が展開されている。その中でももっとも高い売上数字をあげているのが、農産園芸である。松田賢雄園長は、次のように語る。

「菌床しいたけの栽培は、事業所が始まった1996年から取り組んでいます。施設が建っているのは山の中腹なので広大な敷地があり、すぐ近くにきのこの菌床を販売する企業があることから、この作業が選ばれたようです。収穫したしいたけは企業がすべて買い取ってくれる契約だった点も、事業所としてメリットを感じたのでしょう」

こうして始まった菌床しいたけ栽培の事業は右肩上がりに伸び続け、培養棟1棟、生産棟3棟を有し、1年間で約40トン(年間売上約3,650万円)のしいたけを出荷するほどの規模に拡大していった。当初は菌床販売会社への卸しが大半を占めていたのだが、大型乾燥機を導入して乾燥しいたけの製造が可能になると、岩手県社会福祉協議会共同受注センターを通じて独自の販売ルートも開拓。県内の大手スーパー、産直センター等でも販売されるようになった。

  • 菌床しいたけ栽培2
  • 収穫したしいたけの下処理作業

コロナ禍による売上減をカバーしたきくらげ栽培

順調に伸びていった石上の園の菌床しいたけ事業だが、中国産の安価なしいたけの台頭によって頭打ちになってきたところに、2020年から始まったコロナ禍がさらなる打撃を与えることになる。菌床しいたけの売上の9割を占めていた企業との取引額が、大きく減ってしまったのだ。

「緊急事態宣言によって、外食産業がストップしてしまったのが大きかったですね。生しいたけの価格というのは、需要と供給のバランスで大きく上下します。お店が営業時間を短縮すると発注量も減りますから、価格は暴落してしまう。ひどいときはピーク時の65%まで落ち込んだので、今後の対策を検討する必要性に駆られました」と、松田園長。

そこで取引企業に相談したところ、「最近の健康志向の中、ブームになりつつある菌床きくらげ栽培にチャレンジしてみては?」という提案をいただいた。これなら新しい仕事といっても既存の設備を使えるため、資金の追加投資は必要ない。同じきのこ類を育てる作業だから、利用者たちも違和感なく取り組むことができるだろう。厳密に言うと2つのきのこの栽培温度は異なるため、きくらげ用に別のハウスを建てる必要があるらしいのだが、多少収穫量が下がっても同じ環境下で取り組むことに価値があると松田園長は判断した。

「しいたけ栽培の仕事で一番難しいのは、一定の大きさのサイズに達したしいたけを選んで収穫する作業です。これまではオリジナル治具(直径4センチほどに丸めた針金)で対応してきたのですが、きくらげはサイズの選別にそれほど気を使う必要がありません。そもそも同じ大きさに育たないので、『耳たぶくらいのサイズのきくらげを収穫してください』と伝える程度です。その意味では、きくらげ栽培の方が利用者さんに向いているのかもしれません」と、小山康嗣主任も新しい作業に期待を寄せる。

  • 菌床きくらげ栽培
  • きくらげレシピを紹介したパンフレットを発行▲きくらげレシピを紹介したパンフレット

工賃確保と働く喜び──この2つを両立させたい

きくらげの販売量も、順調に伸びているという。しいたけと比較するとマイナーなきのこではあるものの、一度食べてみるとその美味しさに気付く人が多いのだ。とにかくまずは食べてもらうことが大切だと専用のしおりを作成し、乾燥きくらげの戻し方やおすすめレシピなどをお客さんに理解してもらう広報活動に力を注いでいる。法人で運営しているお食事処でも、きくらげをたっぷり入れた新メニュー「塩タンメン」を開発してもらった。お客さんからはとても美味しいと大好評なのだと、松田園長は嬉しそうだ。

「やっぱりこういう形で食べてもらえる機会があると、口コミで美味しさが広がっていくんですね。職員が売り場に品物を陳列しに行くときにも、お客さんの反応を聞くことができます。とくに女性たちからは生きくらげの評判がすごくいいです。菌床きくらげの栽培を始めて1年半ほど経ちますが、着実に広まりつつあるとその成果を実感しているところです」

とはいっても、きくらげの売上はまだ農産園芸全体の10分の1程度にすぎない。コロナ禍によるしいたけの売上減を完全にカバーしたとは言い切れないのも現実だ。しかし菌床きくらげ栽培という新事業への取り組みは、売上向上だけでなく「仕事に対する利用者のモチベーションを守る」意味合いが強かったのだと松田園長は強調する。

「授産事業において最も大切なのは、働く意志のある利用者さんにきちんと働く場を提供し、しかも皆さんが気持ちよく働けるような環境を整えることだと思うのです。そうした上で、それを事業として成立するように収益を上げて、1円でも多く利用者さんに工賃を支給できるように努力するのは、私たち職員の責務だと考えています。つまり『工賃を支払うこと』と、『働きたい意思のある利用者さんに、働く場を提供すること』──この2つを両立させないといけません。現在は深刻なコロナ禍にあって、授産事業そのものも難しい局面に立たされています。なんとかこの状況に耐え、コロナが終息した後にこれまでやってきたことを制約なくできるようになってくれればいいと願っています」

松田園長のそんな希望の背景には、2年ほど前に大手蕎麦チェーン店や佃煮製造企業との大きな商談(菌床しいたけ)がもちかけられていたという自負もある(残念ながら、新型コロナの感染拡大によって白紙となった)。外食産業、観光産業が復活さえすれば、石上の園の菌床しいたけ栽培事業は、まだまだ伸びる余地があるはずなのだ。他の事業者同様に、今はとにかく耐えるしかない。菌床きくらげ栽培事業へのチャレンジなど出来ることは何でも導入しつつ、コロナが明ける日を待っている。石上の園の今後の発展に期待したい。

  • クリーニング(高齢者施設のリネンサプライ等)作業
  • 製品加工(企業からの下請け作業)作業

(写真提供:社会福祉法人睦会、文:戸原一男/Kプランニング

*この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時()のものです。予めご了承ください。